「たまに巨大化して闘うしょぼいおっさん」というモチーフはなかなか面白く、いかにも松本人志らしいなあと思う。そりゃまあ目新しさは感じないけれど、この映画の抱える問題は「新しくないこと」ではなく、もっと根が深いものだと感じる。

松本人志という明白に才能ある芸人（かつ映画の素人）が作った映画だからこそ、『大日本人』には反面教師としての価値が生じている。つまり「こうやったら映画は失敗するんだな」という例としてすぐれているのだ。

『大日本人』の大半は、松本演じる大佐藤への取材映像という形をとっている。つまりはフェイクドキュメンタリーなのだが、このフェイクがフェイクとして全然機能していない。

取材映像として観客に提示される映像はフィルムなのだが、劇中ではビデオ撮影という扱いになっている。ご丁寧に大佐藤の前で妻のコメントをビデオカメラで再生する場面まであり、唖然とさせられる。この取材はテレビの取材なのか映画の取材なのか、ドキュメンタリーなのかニュースなのか、いやそもそも映像媒体の取材なのかどうかさえ判然としない。ありえないほど無能なインタビュアーは失礼な発言を繰り返し、大佐藤は怒りも見せずに淡々と答え続ける。リアリティーもクソもない。これはインタビュアーの発言をツッコミとして機能させるための措置なのだろうが、ツッコミ以前にインタビュアーの態度は大前提である映画の設定そのものを破壊している。この映画には「取材者の視点」へのこだわりが皆無で、大佐藤が巨大化した後は突然普通の特撮映画の如き第三者視点に切り替わる。四代目の狼藉とそれを伝える新聞記事も、誰の視点やら判らない。

フェイクドキュメンタリーを真面目にやる気なんて、松本人志にはハナからなかったのだ。思うに松本には役者として演技する自信が全然なくて、しかし大人の事情で自分が主演しないわけにもいかなかったため、このような「取材者との受け答え」だけで進行する体裁にしたのだろう。しかしこの姿を見せぬ取材者のありようはおそろしくいいかげんで、そんないるのかいないのかも定かではない取材者と律儀に延々会話している大佐藤、これはもう全然大佐藤には見えない。慣れぬ土俵でなんとか『大日本人』を映画として成立させようと頑張っている松本にしか見えない。この映画は総じて細部がいいかげんなのだ。確かに「大佐藤の存在する世界」を細部からまざまざと見せることは大変かもしれない。しかし観客は、細部をこそ観たいと思い、そんな世界をウソと知りつつ信じてみたいと思うものだ。少なくともオレは、大佐藤の闘いを報じる低視聴率の深夜番組を観てみたかったし、まさかあれだけフッておいてその番組の映像が劇中に出てこないなんて思わなかった。

万事この調子で、せっかく用意された設定（しょぼいおっさんが巨大化して怪獣と闘う）の面白さは全然伝わってこない。アホな設定自体は面白くても、その設定の扱いが実にいいかげんで、ないがしろにされているからだ。終盤に至っては世界観の卓袱台返しが行なわれるのだが、そもそも前提となる世界を描けていないため、これも機能していない。ひっくり返すべき卓袱台が存在しないのだ。グダグダである。

たぶん、テレビでのコントならこうは思わないのだ。最低限のセットと扮装だけで、視聴者は易々とこの設定を飲んでくれただろう。コントとは、そういうものだからだ。もし松本が『大日本人』においてもテレビや「ビジュアルバム」でのコントスタイルを敢然と貫いていたら、少なくとも「映画としてはどうかと思うが、とにかく笑った」という評価を得たのかもしれない。この題材が映画ではなく落語になっていたら、普通に面白かったのかもしれない。しかし実際には『大日本人』は（これでさえ）映画であろうとしすぎており、しかしどこまでも映画になりきれず、中途半端な結果に終わっている。

素晴らしいと思った場面がひとつある。仕事の発注を受け、原付バイクで走る大佐藤を追ったバックショットだ。電力施設の道をバイクで走る大佐藤、その風景の中にいきなり「大佐藤は来るな」「迷惑です」などの垂れ幕や看板が飛び込んでくる。ああ、この世界はこうなんだなと納得させられそうになる場面だ。アホな設定に映像が真実味をもたらし、松本の発想が銀幕に結実した瞬間だ。こういう瞬間がもっとたくさんあればよかったのに、と思えてならない。