最初の飛行機のくだりは最高だった。くわー、これはすごい！　と、ちょっとイスから腰が浮いてしまうくらい興奮したのだけれど、結局いちばん盛り上がったのはこの冒頭のシーンでした。

　前作『ダークナイト』の中で私がもっとも好きなシーンは、バイクに乗ったバットマンが壁に前輪を乗り上げさせてくるっと三角飛びみたいに180度転回するところで、他にもカーチェイスのシーンが冴えに冴えまくっていたような記憶があるんです。もちろんジョーカーの存在感やストーリーそのものも死ぬほど面白かったんですが、特に印象に残っているのが、カーチェイスやバイクチェイスのシーン。ヒーロー映画の鉄板なんですよね、かっこいいバイク、かっこいいスーパーカー。

　『ダークナイト』はひどくシビアに善と悪の絡まり合う、人間の“業”とか“原罪”とかそういうところまで踏み込んだプロットで見ごたえがあったわけですが、単純にかっこいいカーチェイスのシーンも、今まで見たことないくらいに散りばめられていた。

　ところが今回、路上でのカーチェイスはほとんど1回しかない。ベインが人質を乗せてバイクで突破していくところまではよかったんですが、せっかくバットマンが現れても、ろくな追いかけっこが見られない。あと、決定的に嫌だなーというのが、直角のコーナーを曲がるときに後輪の軸が変わってグリグリグリっとスライド方向にグリップするあの機構です。あんなの、どうやって操ってるのか想像ができない。どんな体重移動で、何を握るとどの程度あれがあんなふうになるのか、ぜんぜん想像できない。もともとそう進路が決まっていた自動操縦としか思えない。そんなのチェイスじゃないですよ。思わず身体が動いちゃうような、ふんっ！て声が出ちゃうような、ヒーロー映画ったらそういうチェイスでしょうよ。

　カーチェイスや乗り物同士の戦闘を描くとき、それぞれの乗り物には得意技と弱点があるからこそ対立や逆転の構図が成り立つんです。バイクを出すなら、加速と小回りは利くけど、急には曲がれないものでなければいけない。どんなにタイヤを太くして銃器を積んでも、その操作感から離れてしまってはもうバイクのシーンではなくなってしまう。そのスピードで曲がらないバイクを曲げるからこそのヒーローなんです。あれじゃ機械が主役じゃん。「バット」なるヘリ的なものに及んではもう、どう動こうが映画の都合でどうにでもなるので、気持ちを乗っけて盛り上がろうという気にもならない。オスプレイのニュース見てたほうがよっぽどドキドキする。

　さらに、せっかくバットモービルのプロトタイプが敵の手に渡ったというのに、単なる砲台つきの装甲車くらいにしか扱われていない。ウェイン家が贅の限りを尽くしたスーパーウェポンカーのはずなのに、別にたいして役に立ってない。

　そうしたアクションシーンが冴えないのは、やっぱりベインという敵の能力と個性のよくわからなさが原因だと思うんです。ベインのモチベーションについてもそうですが、戦闘力についてもよくわからない。自慢は腕っぷしなのか頭脳なのか、狂気なのか。どれくらい頭が切れて、どれくらい無慈悲なのか。証券取引所のあの乗り込んだ一連のやつは、完璧に計算どおりなのかどうなのか。あと、そのマスク何？　このへんを前半までにアピールできていないので、アクションも組みようがなくなってしまっている。人と人のアクションシーンもまた、得意技と弱点を前提として提示しておかなければ、観客はそこに対立を見出せない。得意技と弱点というのは、その人のキャラクターのことです。人のキャラクターが描けていなければ、いいアクションは描けない。結局最後まで見ても、ベインという人のキャラクターはよくわからなかった。目に付く得意技はボクシングをちょっと練習した人、くらいな感じだし、普通にそこらへんで演説とかしてますから、その途中に市民10人くらいに飛び掛られたら絶対殺されるよあいつ。危ないよ。

　と、なんだかんだいいますが、やっぱり前作が、ジョーカーというキャラクターの造形がすごすぎたということなんだと思います。ジョーカーのキャラクターに引っ張られる形で、映画そのもの隙間が全部埋まってしまった。

　うーん、ヒースがあんなことになるなら、ゲイリー・オールドマンをポリス役なんかに使わないでラスボス用にとっときゃよかったのかしらね。