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[コメント] ダークナイト(2008/米)

物語全てが二択で。こんな物語は確かに初めてです。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 これ観たときは、「凄い」とは思ったが、同時に「やってくれた」というか、「やっちまった」という気分が強い。正直な話を言わせてもらえれば、本作は全くわたしの美意識には合わない。物語の展開そのものは今ひとつの気がするのだが、それを超えて凄まじいものを見せてくれた。

 作品毎に何かしらの新機軸を取り入れ続けるノーラン監督だが(前作『バットマン・ビギンズ』では徹底して“心の闇”を描こうとしたように)、枠組みとしての挑戦はこれまで成りを潜めさせていたと思える。ところが、この超大作で、枠組みを見事にぶっ壊すやり方を使ってしまった。バートン監督が『バットマン』(1989)では自分を抑え、『バットマン・リターンズ』(1992)で弾けたように、まさにこれはノーラン監督による映画の枠組みに対する挑戦である。

 この作品の新機軸。それは「映画として作ってない」という事。このつくり方は映画ではなく、ゲームのつくり方だ。

 ヒーローものというのは大抵はフォーマットが決められているが、その中で重要な要素は「わたしがやらねば誰がやる」という自意識にある。ヒーローはヒーロー故に苦しめられ、やむにやまれぬ状況に追い詰められながら戦っていくというのが通常のヒーローものの基調となる。つまり、ヒーローは、巨悪を前にして、必ずそれを倒さねばならない状況へと追い詰められていくものである。これはつまり主人公の選択の幅は無茶苦茶狭いということ。

 例えば同じ“私設自警団”ヒーローが主人公の『スパイダーマン3』と較べてみると分かりやすいだろう。あの作品でのピーターが自分の意志で選択したものは驚くほど少ない。せいぜいブラックスーツを脱ぐときに選択をした事と、MJをさらったヴェノムとサンドマンに対抗するためにゴブリンJrに助けを求めた事くらいだが、これもストーリーの展開上、やはりやむにやまれず行った行為として捉えることが出来る。ヒーローはあまり選択の幅を持たせないのがフォーマット。決断は必要かもしれないけど、それは物語の節目。あるいは最後の決断に使われる。

 しかるに本作の場合、全くそれを逆転させてしまった。主人公のブルース:バットマンは嫌と言うくらいに選択の場に立たされている。しかも、それらはことごとく二択になって。

 最初にブルースが取らねばならない選択はバットマンを取るかレイチェルを取るか。という選択。そこでバットマンの方を取ることで物語は開始されるのだが、選択はその後山ほど登場する。レイチェルを取るかハービーを取るか(これはしつこいほど描かれる)、ジョーカーを殺すか殺さないか。自分の正体を明かすのか明かさないのか。トゥーフェイスを許すのか許さないのか。劇中いくつもの選択肢が現れ、それらに答えていくわけだが、その答えは全て正解とは言えない。いやむしろ、映画が終わってみると、かなり悪い選択を行ってしまって、いわゆるバッドエンドの一つになってしまった感じがする。最初にレイチェルを選ばなかったことによってレイチェルはハービーの方に行ってしまうし、ジョーカーを殺さないことでレイチェルを殺してしまう。命を救うのをレイチェルではなくハービーにすることでトゥーフェイスを誕生させてしまった。ハービーの名誉を守ることでバットマンが犯罪者になってしまった…

 物語は一方向しかないので、「もしも」は無いのだが、もしもどこかでブルースが自分の役目ではなく、本音を優先した選択を上手くやっていれば、完全なハッピーエンドの終わり方もあったのではないか?そう思うと、これはやり直しの利かないゲームをやってる気分にさせられてしまう。

 更に選択を強いられるのはバットマンだけではなく、劇中の多くのキャラは同じように幾度となく二択の選択しに直面し、そのどちらかを選ぶことで物語は展開していくことになる。非常に単純な二択問題。Yes/No、Do/None、Right/Left、そしてTwo-Face。これらを事ある毎に出すことによって、物語の展開を予測の付かないものにしてしまった。そう言う言う意味で、ハービーが常にコイントスやってるのと、トゥーフェイスの登場は、本作においては必然性のある役割なのだ。

 確証はないけど、この脚本を書く際、ノーラン兄弟が、物語を一方向にせず、数多くの二択を作って、もしこちらを取ったらどうなる?と言うことで話し合った結果なんじゃないだろうか?いろんな選択はあり得るのだが、間違った選択も入れることにして(と言うか間違った選択の方を多くして)、物語を作っていったら、先が読めない変な物語になってしまったと言う事なのかも。

 確かに新しいつくり方ではあるが、真似して作る作品がないことを願いたい。こういうのは本作一本で良いよ。

(評価:★4)

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