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[コメント] 万引き家族(2018/日)

今の社会の在り様がいろんなごまかしのうえに成り立っていることを思い起こさせてくれる映画だ。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







長い人類の歴史を経て、それなりに理想の社会に到達したのが現代だと思うけど、それでもあふれ出るゴミをどこか目の付かないところに履き寄せて清潔を装っているのだな、と感じさせてくれる。裁けない偽善や問われない罪の在り様をまざまざと感じさせてくれる。

「私は捨ててない、拾っただけだ。捨てた人は他にいるんじゃないですか?」と安藤サクラ扮する信代が言う。直接には樹木希林扮する初枝のことを差しているが、この万引き家族の全員のことでもある。さらに言えばこのような社会から排斥された存在すべてを差す。今の社会の中で秩序を守り、ふつうの暮らしを送っている、この映画を娯楽として享受できるような生活をとりあえず送れている側の人間が、少しずつではあるが、自分たちの同朋である周囲や社会の成員に何かを押し付ける。押し付けられた側が、また隣の誰かに何かを押し付ける。そうやってどこかで誰かのタイミングが、本来なら同朋であった誰かを社会から斥(しりぞ)けるのだ。そうやって社会は成り立っている。

いじめの標的を作ってとりもつクラスの仲間や友達関係。安い労働力こそが利益の柱であるのに、それが己の才覚の所以であるかのように心構えを説く企業家。人事権を握り部下や選手その家族を人質にとることで、直接手を汚さずに資料を改竄させたり、意のままに選手を支配し利益を貪る指導者。こういったことは、今の社会のごまかしの中で、もうごまかしきれず吹き出した膿だ。

フィクション(作り話)の一つの重要な役割が寓話である。寓話は、「その時代の今の社会」における「常識」をたまには省みよう、という大事な行為に示唆を与えてくれるものだ。この作品が、今の社会で良いこととされている「絆」や「自己責任」というキーワードに対する告発であることは間違いない。

安藤サクラの泣きと、海岸での樹木希林の、その慈悲というか達観というか遠くを見つめるなんとも言えないような表情は、ちょっと見たこともないほど凄かった。やらしい言い方をすれば監督としては「撮れた!」と心の中でしてやったりの芝居だったろうな。あと細野さんの音楽がとても良かった。

(評価:★5)

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