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[コメント] 華氏911(2004/米)

「なぜブッシュはダメなのか」を誰にでも分かるように明快に解き明かす。もっともそれで米国民が動くかどうかはまた別の話だったようだが。[有楽町スバル座/SRD]
Yasu

とにかくこの映画の「分かりやすさ」といったら、これまでに観たどのドキュメンタリーよりも勝っていると感じた。政治(それも現在進行形の)を扱っているということもあるのだろうが、やはりマイケル・ムーア監督のプロパガンダぶりが絶妙であるからだろう。

その分かりやすさを支えているのが、圧倒的な量の資料映像である。日本人からすると「どこかで見た」ような映像ばかりに思えるかも知れないが、情報によれば、これらはアメリカ国内ではTV放送されなかった映像ばかりであるらしい。新聞や雑誌に比べて保守的な(しかしインテリ層ではない一般的なアメリカ人が最も多く接するメディアである)TVは、イラク戦争遂行にとって不利になる、戦死した米兵や虐待されるイラク人といった映像をあえて流さなかったというのだ。これは日本でも同じことで、作中に出てくるイラクの日本人人質事件の映像は、日本では放映されなかったはずである(少なくとも私はTVでは観ていない)。

しかし、これらの“目新しい”映像素材をもってしても、アメリカ全体の意識を変えるには至らなかったようだ。2004年11月2日の大統領選ではブッシュが再選を果たし、「ブッシュをホワイトハウスから追い出す」という本作の目的はあっけなく瓦解した。

ブッシュが勝利したのはこの映画に力がなかったからだろうか。そうは思えない。多分、アメリカという大国の大統領の座を左右するためのツールとして、映画というメディアは適してはいなかったということなのだろう。重要な映像がTVで流れなかったから映画でやる、というのではなくて、やはり何とかしてTVで流させるべきだった。その方がずっと理にかなっているし、TVしか見ない層にもアピールしたはずだ。

あるいは、もともとムーアは雑誌記者からスタートしたのだから、いさぎよく文章で勝負してみても良かったかも知れない。話は脱線するが、ムーアが著した「Downsize This!」という本には「大統領選挙をもっと簡単にする方法」(うろ覚え)というコーナーがある。それによると、選挙に代わって大統領を選ぶ方法の一案として「デビッド・カッパーフィールドに候補者の2人をそれぞれ袋詰めにしてもらい、海に投げ込む。先に上がってきたほうを勝者として大統領に選出する。敗者はアーリントン(名誉の戦死を遂げた米兵が眠る墓地)にて礼砲を受ける」などというアホなことも書いてあり、これならTVしか見ない層にも(以下同文)。

その点でいうと、確信犯的に映画というメディアを選択したムーアは「策士、策に溺れる」とでも言うべき結果を見たわけで、本作について「こんな偏向した内容ではドキュメンタリーとは呼べない」とか「映画で政治宣伝を行なうべきではない」とかいう意見は、実はこういう状況になることを仄めかしていたのかも知れない。

ちなみに、個人的には偏向しているのも政治宣伝するのも監督の勝手で「別にいいじゃん」と思っている。そもそもドキュメンタリーというものは、作り手が「何を撮って何を撮らないか」という選択をする時点で、既に主観が入っているのである。どんな作品でも公平な視点などは持ち得ないわけで、本作はそれが少し極端な形で出たというだけのことではないか。古くはロバート・フラハティから小川紳介まで、撮影対象が単なる被写体以上のものになっているドキュメンタリー作品は山ほど存在する。森達也監督の『「A」』などは割合に突き放した視点で作られているが、そういえば森監督は本作については批判的なことを言っているな…と妙に納得するのだ。

最後に、これは映画の内容とは直接関係ないが、ここCinemaScapeで本作に寄せられたコメントを読むと、コメンテータの方々の政治的スタンスが如実に見えてきて実に面白い。はっきりと「俺はブッシュが嫌いだ」「ムーアはダメだ」と宣言しているものもある一方、一見客観的に中立的に冷静に書かれていても、実はよく読むとどちらかに傾いている内容になっているものもある。結局、採点を見ればブッシュ・ムーアどちらを支持しているかがほぼ分かる、というのは乱暴に過ぎるだろうか?(※)

いずれにせよ、この映画が我々観客ひとりひとりの政治的な意見を(自分でも気付かぬうちに)引き出す性質を持っている、という点でかなり独特な作品だと言えるのは間違いがないところである。まあ、確かにカンヌ・パルムドールに値するかと聞かれると、ちょっと違うとは思うのだけれども。

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※つまり私自身のこのコメント(採点)も、この理屈に当てはまるわけで…。

(評価:★4)

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