マイケル・キートンの映画ファンのコメント
けにろんのコメント |
から騒ぎ(1993/米) | ブラナーとトンプソンのいちゃいちゃもワシントンとキアヌが兄弟という適当さも、馬鹿騒ぎなハイテンションで突っ走る展開の中で、どうでも良くなっていく快感。下手な現代的再解釈ものより本質をわきまえていると感じた。 | [投票(4)] | |
スポットライト 世紀のスクープ(2015/米) | 新任局長の一声で事が転がり出す訳でシュレイバーの穏当な物腰が監督マッカーシーの声高に叫ばない正義への信念を代弁する。さすれば元よりの能力集団は自走するだろう。理想的組織論だ。タカヤナギの硬質なカメラも世界を揺ぎ無いものにしてる。 | [投票(3)] | |
ザ・ペーパー(1994/米) | スクリューボールなシテュエーションコメディの伝統を正統的に受け継いだオーソドックスの素晴らしさを再認識させられる。とは言ってもシーンの継ぎの巧さなんて意外なほどの凝り方。とにかくアメリカ映画らしいアメリカ映画を久々に見た気がした。 | [投票(1)] | |
ダンボ(2019/米) | バートン色はエッセンスに止まりオリジナルの強度が前面に出る。それは象親子の哀譚と同時に母を亡くした子等が新たな家族を獲得するまでの物語でエヴァの自然体が心地よい信用性を放っている。媚びた嫌らしさもなく『リターンズ』の裏返し配役も妙。 | [投票] | |
ザ・フラッシュ(2023/米) | マルチバースも2、3キャラが頃合いで序盤の見せ場はまあ魅せる。事後にほんじゃ又と軽く別れるのも世界のシンクロを日常化して粋。でも、後は数出せば良いってもんじゃないし、並行世界のズレをバージョン違いの役者交代に負わせて業界ネタに閉じている。 | [投票(1)] | |
ニード・フォー・スピード(2014/米) | ほんまにCG無しかいなという疑惑が頭をもたげないでもないのだが、中盤のタイムトライアル的大陸横断疾走が否が応でも『バニシング・ポイント』を懐旧させつつ、イモージェン嬢の加速的な魅力増大が色を添え緩みが無い。ただ終盤がお行儀良過ぎるのだ。 | [投票(1)] | |
ラブINニューヨーク(1982/米) | ウォール街から死体置場の夜勤という窶れた荒びの日々が夜の女たちの元締へという急落で一気に底打ちし反動へ向かう。遣る瀬無いペーソスと狂的な逸脱がワイルダーの周到なトレースを感じささせる佳作。主演2人のキャラ不足をキートンの目力が追補。 | [投票] | |
ジャッキー・ブラウン(1997/米) | 忘却のマイナー役者を掘り起こし主役コンビに当てた周りを売れ線バリバリの連中で固め且つ徹底して予想を逆手に取った役をはめる。意図して基軸をずらせた感じが匂う。それなら、いっそ物語を語らない位がいいのだが時制反復の映画言語に耽溺する。自堕落だ。 | [投票] | |
バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)(2014/米) | 娘や共演者や元妻や批評家など多くの他者とのベルイマン的確執が精巧な長回しに強いられたハイテンションアクトで叩き付けられる快感は大気圏で燃え尽きる物体の終末感と相乗され来るべきカタストロフへと弥増すのだが結局終盤は理に落ち世界は収縮した。 | [投票(3)] | |
シカゴ7裁判(2020/米) | 格差を映し1枚岩でないベトナム反戦運動の内部相剋や厭戦が敷衍しつつある時代のムードの表出など出色の部分を認めつつ、この余りな茶番裁判が所詮は否定された歴史的事実がわかっている今、映画化する意味って何と思う。勝ち馬に乗ってアホ叩いてるだけ。 | [投票(1)] | |
バットマン(1989/米) | 本来はパルプな世界で語られるべき物語だが目一杯ゴシックでダークなゴッサムシティの美術とメカフェチズムを強引に投入する。その一方でニコルソンの暴走に任せたキッチュな造形は何故か予定調和的。どっちもバートンの資質だが喰い合わせが悪い。 | [投票(2)] | |
アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!(2010/米) | 掴みからして完璧にサイコーだし、主人公2人のキャラに絡んだボケ・ツッコミ設定は総じてギャグも高度である。特にエヴァ登場時のマークのリアクションは納得もの。ただ、どうにも肝心の事件絡みが弾けないのだな。惜しい出来だった。 | [投票(2)] |