[コメント] 嫌われ松子の一生(2006/日)
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原作の松子に一足先に出逢っていた自分は、プロローグのあまりに明るく派手派手しい演出を観て、「おいおい、こんな事していいのかよ」と思ったものだ。案の定作品は原作とは似て非なる別物になっていた。だが、とてもキュートで愛すべきミュージカルに姿を変えて。これは中島監督と音楽担当のガブリエル・ロベルトの素晴らしい仕事の賜物であろう。そうとも、原作をいじって夢見る永遠の少女の物語にでもしなければ、この話、救いようというものがない。
原作にないシーンの追加を見てみよう。片平なぎさは監督のお遊びだから笑い飛ばすとして、光GENJI はちゃんと密接にストーリーと絡まっていることに些か戦慄を覚えるが、ここで指摘したいのは彼らのことではない。
病床にある妹にばかり愛情を注ぎ、松子には目もくれない父。彼の関心をひくために、松子はコメディアンの顔真似を父に見せて笑わせる。これがクセになって抜けないところに、愛に飢えた中谷の心づくしのチャームポイントが形作られ、一気に映画のパラレルワールドに引き込まれる。
そして晩年、生き甲斐を失くして「嫌われ女」になった凄惨な変わりようの松子と、その呪縛から解き放たれ天国への階段を昇ってゆく若く、美しいままの松子の静かな退場には血涙を絞られる。原作ファンは「堕落、あるいは通俗化」のレッテルを貼り付けるかもしれないが、他に「映画としての」終わりようはなかった筈だ。この映画は幾分寓意を含んだお伽話なのだから。
ただひとつ残念だったのは、頭の良い松子が、仕事は何をやらせてもナンバーワンに至るという負けん気と努力家ぶりが、あまり映画では描かれていないところだが、自分としてはそれも許せる気分になっている。ただひたむきに、愛した男とのささやかな幸福の巣を夢見る松子。愛した男を裏切らない「神のような」松子は、愛のみに命を賭ける存在として焦点を絞られている。それゆえのやむなき改変なのだろう。
この映画の松子は、おかげでより愛すべき存在となっていたのだから。
(追記)ガブリエル・ロベルト氏にはぜひ本格的なミュージカルに参加してもらいたい。それは必ずや日本のミュージカルを根底から覆す作品となることだろう。
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