[コメント] ロッキー・ザ・ファイナル(2006/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
この一週間ほど、私はロッキーを『1』から『5』まで順を追ってすべて見直した。そして、悪評轟く『ロッキー5』を、実に見事な幕引きだと感じた。あれほど繊細に、リタイアに際したボクサーが心焦がすさまを描いた物語は見たことがなかった。これでいい、これでロッキーは終わったんだ。そう思った。
だから、『ロッキー・ザ・ファイナル』を見に行くのが恐かった。どうか余計なことはすんなよ、と思っていた。
そして、その心配は現実のものとなった。登場人物たちの時の流れはいかにもぞんざいに描かれ、どいつもこいつもよく喋った。スタローンの脚本は極端に簡素化され、記号に満ち溢れていた。これは、ダメな映画になる。中盤まで、私は悲しい気分でスクリーンを眺めていた。
だが、いざトレーニングが始まり、聖地ラスベガスのリングにロッキーが登場すると、私は自分の考えが間違っていたことに気づいた。というより、忘れていたことを思い出した。あれこれ理屈をこねくり回しながらロッキー・バルボアの人生を眺めたこの一週間あまりが、いかに『ロッキー』という映画の「片面」しか見ていなかったかということを痛感した。
『ロッキー』はメッセージの映画だった。「夢をあきらめるな、自分を信じろ、戦え、立ち向かえ」。シルベスター・スタローンは優れた脚本家であると同時に、その根源的なメッセージを自らが戦って見せることによって観客に伝えようとする、肉体の表現者だった。
「Let's get ready to RUMBLE!(さぁ、始まるぜ。準備はいいかい?)」
マイケル・バッファの美声が響く。
「やっちまえ、ロッキー!」──私は心の中で、そう叫んでいた。ガキのころ、ランドセル背負って粋がってた私たちを、腹の底からドキドキさせてくれたロッキーがそこにいた。世界中のハナタレ坊主に理解できる方法で、勇気を、決意を、自分を信じることを、男がどう生きればいいかを、肉体ひとつで語りかけてくれたロッキーがそこにいた。あれから30年たった“現在”のボクシングシーンを完璧にトレースした映像の中に、あのころと微塵も変わらないロッキーがいたんだ。
少し、涙が出た。
私は大人になって、様々なことを勉強し、経験し、それと同時に様々なことをあきらめてきた。夢や希望や憧れを切り捨てて生きてきた。
『ロッキー5』で私が受けた感動は、「あきらめ」の美学だった。何事かをあきらめて次の一歩を踏み出すロッキーを見て、救われたような気になっていたのかもしれない。「あのロッキーだって、あきらめるときが来るんだ。俺だって、何かをあきらめることを恥じる必要はないんだ」そう思ったのかもしれない。
今作、とんだカウンターパンチをロッキーは放ってきた。
「俺はやっぱりあきらめきれなかった。だから戦ったよ。お前はどうだ?」
このパンチは効いた。これがアポロ・クリードのように美しくアゴを打ち抜くワンツー・ストレートだったら、気持ちよく昇天して頭を切り替えれば済んだだろう。だが、ロッキーの不器用なボディブローは吐き気をともなう鈍い痛みになって、私の心を打った。
私はいま、スタローンが『ロッキー』第一作を書いた年齢である。30年後、私はどんな老人になっているだろうか。ロッキーのように、胸のうちに炎を燃やし続けていられるだろうか。正直、自信はない。だが、そうありたいと思った。ガキのころと同じように、私はロッキー・バルボアが表現する生き様に憧れを抱いた。
とりあえず……まずはサントラを買いにいかねばなるまい。
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▼余談
今回の試合が行われたラスベガスのマンダレイベイ・リゾート&カジノは現在、ボクシングの大きな試合が数多く行われる聖地である。リングアナウンサーのマイケル・バッファやレフェリーのジョー・コルテス、そして今やビッグマッチと見ればビジネスチャンスを求めてどこにでも顔を出すマイク・タイソン、さらにはHBOのカメラワークなど、試合シーンのすべてが「本物のボクシング中継を見ているみたい」と思わせるつくりになっていて感慨深かった。
それから、今回の相手役になったアントニオ・ターヴァーという人物についても少しだけ触れておきたい。
今回彼が演じたのは、「確かに強いが、エキサイティングじゃないからいまいち人気が出ない」という役柄。ボクシングファンなら、この前置きで思いつく選手はひとりしかいなくて、それはロイ・ジョーンズJr.という男だ。ロイは桁違いのスピードとスキルでミドル級、スーパーミドル級、ライトヘビー級、そしてなんとヘビー級までを制してしまった超ウルトラ天才ボクサーでありながら、常に安全運転の試合運びで試合中にブーイングを受けることも少なくなかった。
そんなロイ・ジョーンズJr.を初めて仰向けにひっくり返し、2ラウンドKOに切って取ったのが他でもない現役時代のアントニオ・ターヴァーその人なのだ。このロイvsターバーはここ10年でもっともセンセーショナルなビッグアップセット(大番狂わせ)と呼ばれ、世界中に衝撃を与えた。
つまり、アントニオ・ターヴァーもまた、現代のロッキー・バルボアだったということだ。いかにも痺れる配役じゃないか。
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