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[コメント] スリー・ビルボード(2017/米=英)

たぶん映画が趣味とかでもなくてまだこの手の作品に慣れてない多くの人には本作の良さは理解し難いかもしれない。それでも是非見てほしい。もし少しでも感覚的に優しい気持ちになれたら、たぶんそれが本作において大切なことだと思う。
deenity

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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アカデミー賞候補に挙げられている本作。全く不思議な作品だった。見る前とのイメージは全然異なるし、見ながら抱いたイメージとも結局最後は異なるという。要はそれが本作の言いたいことでもあり、タイトルにもなっている象徴的なメタファーでもある。 とりあえずネタバレにならないように言えるのは、見終わった後の余韻の心地よさと「え?もう終わり?全然まだ見れるよ!てか見たいよ!」という感想くらいかな。 加えて音楽も素晴らしかった。時にカントリーミュージック的な、時に讃美歌的な美しいメロディーが作品全体のバランスを整えていたのは間違いないでしょう。

きっかけは田舎町の外れにある三枚の大きな看板。そこに載せたメッセージ。 「レイプされて殺された」 「犯人はまだ逮捕されていない」 「どうして?ウィロビー署長」 載せたのは娘を殺されたミルドレッド。警察への強いメッセージ。復讐心と警察の怠慢に対する怒りを前面に表す。

警察は平気で差別を行なっているらしい。ウィロビーという署長が名指しされているなら、そいつを中心に悪が罷り通っているのだろう…と思えた。 でも実際どうだ。署長は町民から全幅の信頼を寄せられているではないか。勝手な印象付けが崩れ去る。

ミルドレッドの娘を思っての行動だと思っていた。でも実際どうだ。全然理想の母親とはかけ離れているようにも思える。むしろ看板は娘への罪滅ぼしというか自制心を保つためというか。勝手な印象付けが崩れ去る。

実際警察側にもクソ人間はいる。平気で差別を行い、卑怯な手を使う嫌な奴で、キレたらすぐ暴力に走る。そんなディクソン刑事。 でも実際どうだ。誰の聞く耳も持たないような奴かと思ってたけど、一通の手紙が心に響くような人間だったなんて。勝手な印象付けが崩れ去る。

本作は良い意味で観客を振り回す。先入観を持ってその人の人柄を形作ろうとすると崩されるのだ。三枚のビルボードはその象徴であって、三者三様の視点を丁寧に追っていくと全く異なった印象に変わっていく。表面的には赤い背景に黒文字で毒々しく自己の主張を伝えても、その背面には腐りかけた木造の脆さがそこにはあるというメタファー。 本作のテーマは赦し。それぞれがそれぞれの正義に従って正しい行いをしているようで、実際それは復讐に招くそれでしかなく、作中の「怒りは怒りを来す」という言葉はまさに相応しく、この世界の出来事にああされたからやり返すだの、こうされたから復讐だの、言い出したらきりがない。 現に客観的に見ている観客ですらディクソンのそれには「おい、それはやり過ぎだぞ」って不快になったはずだし、ミルドレッドのそれには「いくらなんでもやり過ぎだ」って懐疑的になったはずだ。

でも一見そのやり過ぎに思えた出来事に対して復讐が起こることを予見させておきながら、本作はまた観客を見事に裏切る。 ディクソンがボコボコにした看板会社のレッドは憎しみを抱きながらオレンジジュースを差し出し、ストローを向けてやる。ミルドレッドの火炎瓶が原因で大火傷を負ったディクソンは最後の告白を「あんた以外に誰がやる」と赦してやる。 本作の不思議な心地よさはここにある。「怒り」は「怒り」しか生み出さないのだ。誰もが怒りに任せて「復讐」をすると予想した。しかし、そこにまさかまさかの「赦し」を与えた。観客の期待は見事に裏切られた。

人の本質なんて表裏一体だ。表があれば裏がある。どれだけ強そうに見えても、隠しきれない弱さも実は秘めている。まさに町外れに建てられたビルボードのように。それを怒りで迎えては復讐の連鎖を尽きない。「相手がどうか」ではなく、「自分がどうか」だ。自分が相手の行為に対して「赦し」てあげられる自分でいるかどうか。これがこの世知辛い世の中を生き抜く術であるような気もする。 本作の答えはこれだと言うものを掴みきれていないように感じるが、何となく本作を見終わっても心地よく、オレンジジュースにグッと来て、ラストの二人の表情に優しい気持ちが湧いてきたら、それでいい気がする。

(評価:★4)

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