[コメント] エリン・ブロコビッチ(2000/米)
賛辞や批判は、ほぼ出尽くしていると思えるので別の視点から、そのヒットの要因を考えてみます。
この映画の仕掛け人は『アウト・オブ・サイト』と同じメンバーだったって、知ってました?
ウソだと思ったら調べてみて。映画会社は同じ"Jersey Films"、製作も全く同じメンバーですね。何よりも、この企画の発案者カーラ・サントス・シャンバーグは、製作のマイケル・シャンバーグの妻、本作では製作総指揮を担当。もう一人の製作総指揮ジョン・ハーディーも『アウト・オブ・サイト』で製作総指揮。
なんと製作陣すべて『アウト・オブ・サイト』関係者だったわけです。
製作陣とソダーバーグの6人は『アウト・オブ・サイト』のスマッシュ・ヒットに引き続き、今度はホームランを狙う秘策を立てた。前回は、クライム・サスペンスのストーリーの中に男女の機微を織り込んだ大人向きの作品。で、今回は観客対象を広げようとしたらしい。
ところが、素材となる事件は、米国では知らない人はいないといわれるほど有名だから、結末は誰でも知ってる。これは難問です。観客の目を最後まで引っ張るのは至難の業。
『アウト・オブ・サイト』成功の秘訣は、まず脚本がよくできていたことでした。今回もしっかりした脚本を、とソダーバーグ監督は企画段階で考えたと思いますが、出てきた脚本(ラフの脚本)見て「これはもらった!」と思ったんじゃないかな。綿密な取材をしたんでしょう、実在の人物の体験から、登場人物のやりとりに至るまでディティールが詳細に描かれていたんじゃないでしょうか。
この脚本を使って、ソダーバーグが採用した作戦は、エリン・ブロコビッチ本人のほか、多数のエキストラに事件当事者たちを使った。ロケも実際の場所、ヒンクリー (Hinkley) の町を使った。
だからロケ現場は、さながら同窓会のような活況を呈したのかもしれません。だってそうでしょう、ヒンクリーは小さな町ですよね。そこへあのジュリア・ロバーツという大女優がやってきて、自分たちがその目で見た訴訟事件を描くという。それって、町にとって第二の「大事件」じゃないですか。実際に起きた「事実」を監督自らが調査するまでもなく、住民から次々とエピソード――あの時はこうだった――が語られ、ロケ現場ではポンポンとアイデアが出る、なにしろ事件の関係者がエキストラや撮影の見物人にたくさんいるわけです、その活気の中でいろんな「事実」の肉付けがされ、脚本のリアリティが細部に至るまで高まるのは当然でしょう(リライトしたのは、リチャード・ラグラベニーズ- クレジットなし)。
高卒、バツ2、無職で3人の子持ち、預金残高16ドル、交通事故……こんなにもネガティブなイメージで悲惨そのものの状況を吹っ飛ばすパワーは、現場の活気からも影響を受けたのではないかな。それに、軽くてクールで漫才のような掛け合いは『アウト・オブ・サイト』以来ソダーバーグの得意ワザでもあった。
だから監督は楽しんで撮影できたことでしょう。実際、後になってソダーバーグは「ほとんど脚色せずにつくった」と漏らしています。まるでお祭りのようなヒンクリーの活気から生まれたアイデアを利用し、ぶっつけ本番のような形で撮影がトントン拍子に進む。収拾がつかなくなるんでは? とお思いかもしれませんが、これがつくんです。ソダーバーグには自信があったはず。
その自信の根拠は――『アウト・オブ・サイト』の編集者を再びここで起用するんです。大ベテランのアン・コーテス("Anne V. Coates")。この人は『アウト・オブ・サイト』でアカデミー賞ノミネートでしたが、すでに『アラビアのロレンス』(1962)でアカデミー賞をとっているベテラン中のベテラン。ソダーバーグも大船に乗った気分で編集を任せられるというもんです(『アウト・オブ・サイト』のわたしの review 参照。ただしネタバレ)。
『アウト・オブ・サイト』の編集でコーテスは、きわめて技巧的なテクニックを使ってストーリーを整理してましたが(というより整理され過ぎてて理解できなかった日本の観客も多かったみたい)、今回の仕事はテンポよく纏めるため、どんどん切っていくだけ。だからコーテスに、さほどの苦労はなかったかも。ストーリーも時間の進行に沿って進むように作られているわけですから比較的ラク。編集が映像のテンポを決めますからね。「事実」を損なわずきっちり描きながらも、それでいてスピーディー。このバランス感覚は凄いものでしたね。コーテスの功績は大きい。
その結果できあがったのが、テンポよし、無駄なし、誰にでも理解できる素直で直線的なストーリー、観る人ほとんどが元気をもらえるパワー満載、の物語。ストーリーの内容は米国人の大好物――サクセス・ストーリーであるうえ、悪徳公害巨大企業の告発物語、という大義まであった。
ウェイトレス役で出てくるエリン・ブロコビッチ本人の役名は何だと思います? (ご存知の方もたくさんいらっしゃると思うけど)なんとジュリア(Julia)。ジュリアがエリン役、エリンがジュリア役。う〜ん(苦笑)。
製作のマイケル・シャンバーグも PG&E (Pacific Gas & Electric) 社側の代理人弁護士役で出演。この人も、町の活気に刺戟を受けたクチかもしれない。
閑話休題。そこで結論。この作品は、みごとに集団の力を引き出せた稀有な作品となりました。叩き台となるべき脚本がよくできていたうえ、事件当事者の参加を得て、描写する「事実」の細部に至るまでリアリティーを持たせ、編集者はテンポよく整理して、クールに纏めた。
え? 監督が出る幕がないって? そんなことはありません。ソダーバーグは現場指揮者として、キャストとクルーの力を最大限に引き出すため、心を砕いて指揮したのでしょう。ハリウッドの徹底した分業体制の構造を十分理解した上で、そのシステムを 100% 利用し尽くしたといえるのでは。製作、脚本、編集、そしてキャスト(ジュリア・ロバーツの怪演は、たくさんの賛辞がすでに多数出されてますので繰り返しません。アカデミーは当然のご褒美)、が十二分に力を発揮し、その相乗効果が作品として結実。
監督のエネルギーの原動力は、撮影現場であり裁判事件の現場でもあったヒンクリーの町をあげての協力、つまりエキストラや見物人の惜しみない声援とアドヴァイス、それに彼らの証言による公害被害者への共感にあったとも言えそうです。
ソダーバーグにとっては、映画作りよりも町民との交流は忘れがたい経験となった。公害の苦しみ、それに対する怒りも十分描かれていた、そう思いません? 単なるサクセス・ストーリーの娯楽作ではなく、一種社会派映画の感覚も感じられるという仕掛け、訴訟も出てくるし。社会派ドラマとしては物足りないけど、娯楽大作としては十分。
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ソダーバーグの過去を振り返ってみれば、『セックスと嘘とビデオテープ』での衝撃的なデビュー。ここで彼は自分の過去を振り返り、自己の内面を描いて見せたのが印象的でした。米国人のストイックなまでのセクシュアリティのあり方と苦悩を自己の体験を通して赤裸々に表現。この路線の継続を期待していたら、驚くべき『アウト・オブ・サイト』の軽妙なタッチ、娯楽作もできますよとアピールしてみせた。期待は裏切られたんだけど、その斬新な映像とクールな展開はお見事。ここでの人脈を利用しもっと幅広い層を狙って『エリン・ブロコビッチ』へと新境地を拓いて見せた。
最新作『オーシャンズ11』では、『アウト・オブ・サイト』からジョージ・クルーニー、『エリン・ブロコビッチ』からジュリア・ロバーツ、そして両方の映画からジョン・ハーディー(製作総指揮)という人脈を引っ張ってきてます(ほかにもたくさんいると思うけど)。
今度はどんな新境地を見せてくれるのでしょう? 早く観に行かなくちゃ、と思いつつ……。
【追加 - エンド・クロール】
END CRAWL:
The settlement awarded to the plaintiffs in Hinkley v. PG&E was the largest in a direct-action lawsuit in United States history.
Erin and Ed have three other cases pending, including one against PG&E.
【追加 - 批評・評論】大ヒットしただけに、数もすごい(おもに英文 mrqe.com)→http://www.mrqe.com/lookup?Erin+Brockovich
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【参考文献】(まだ目を通してないけど)
JoBlo's Movie Scripts 『Erin Brockovich』:
・Early Draft (by Susannah Grant)→http://www.lontano.dk/scriptsa/erin-brockovich_early.html
・Shooting Draft (rewrited by Richard LaGravenese -- uncredited)→http://www.lontano.dk/scriptsa/erin-brockovich_shooting.html
Richard LaGravenese: the winner of the Las Vegas Film Critics Society Awards (2000) Sierra Award - Best Screenplay, Original for 『Erin Brockovich』 (2000), Award shared with Susannah Grant
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■ ソダーバーグの公式サイト ■
http://www.soderbergh.net/
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