| A | ★5 | ベロニカ・フォスのあこがれ(1982/独) | ドイツ版『サンセット大通り』を、光と影の極度なコントラストや技巧の粋を行く多くの小道具等、意識的に刻印された戦前ドイツ表現主義の残滓で縁取り、一方でシークェンスごとの情感は遍く濡れている。更に得意の退廃をも織り込んだ凝縮の宝石。完璧である。 | 投票 |
| A | ★5 | エレンディラ(1983/独=仏=メキシコ) | 搾取されることや搾取することは人間の本質的資質であり徒に意味を見出す必要は無いとばかりに天使の無垢と絶対悪を寓話的世界で対比させて乾ききった風土の中で帰結に導く。シュールレアリズムに意味があるとするならこれだ。妥協に決別する少女。クール。 | 投票 |
| A | ★5 | 島国根性(1990/日) | 極めて日本的私小説世界を描いても他の同系作品から遙かな地平に到達し得たのは渡辺文樹作であったという1点に尽きるとは思うが、とにかく腹を抱える事請け合いの抱腹絶倒ムービー。全てを曝け出すこいつの前で小手先の脳内映画は総てひれ伏すしかない。 | 投票 |
| A | ★5 | スタン・ザ・フラッシャー(1990/仏) | 他律的に壊れていく男を描いた映画は山ほどあるが、自覚し受容し淡々と運命を受け入れるこの中年禿デブおっさんは何処か哀しく愛おしい。縦構図の充足感とドレスの少女を始め充血眼のゲンズブールに至るまでのキャスティングには文句のつけようがない。 | 投票 |
| A | ★5 | 清水港の名物男・遠州森の石松(1958/日) | 「恋する」ことの喜びを全篇むしゃぶり尽す展開で、これを明朗な錦之助口跡で謳いあげられる嫌味無さが心地よい。花街一夜の翌朝の猿芝居な至芸。近江での志村一世一代の名演。長谷川裕見子鉄火肌の点睛。マキノ流山中貞夫的明るい地獄。 | 投票 |
| A | ★5 | しろばんば(1962/日) | 背景にある複雑極まる人間関係を整理しその深遠な奥行きと、とり巻く嘗ての日本の「家」制度を浮き上がらせる脚色者木下恵介の腕の冴え。慈愛とノーブルを纏った北林谷栄のおばあちゃん役が絶品でラストの突き抜け方は懊悩や悲哀を振り切り感動的だ。 | 投票 |
| A | ★5 | 昭和おんな博徒(1972/日) | 描法が原理主義的に頂点を極めた『花札勝負』から写実に崩れ寄り腐る前の唯一の賞味ポイントで高潔な美学とキッチュな写実が融合した。枷が外れた加藤泰の全てをブチ込んだ何でもあり世界だが旧来の任侠映画システムが未だ抑制を効かせ破綻から免れる。 | 投票(1) |
| A | ★5 | 胸に輝く星(1957/米) | 冒頭から馬上のフォンダの佇まいの余裕と馬の歩みの心拍同期な快楽。沁み込んだ差別感情も気のある女の手前あっさり変節。へなちょこトニパキも真摯に指導し勝利も女も手に入れる。男ならこうありたいと思わせますな。随所のローアングル使いも的確。 | 投票(1) |
| A | ★5 | 白夜(2009/日) | 発想の発端はブレッソンであったにせよ、正反なグダグダで饒舌なダイアローグ劇。しかし、それを完璧にこなす主役2人に瞠目した。緊密なサスペンスが持続する果てに男と女の関係は所詮はロジカルには帰結し得ないという諦念。妥協なき真理の呈示。 | 投票(2) |
| A | ★5 | BIRD★SHT(1970/米) | 「鳥になって大空を飛びたい」などと言うメルヘンチック願望は、完膚なきまでに嘲笑され貶められ、糞まみれの毒で彩られる一大バーレスク。しかし、出演者が皆アルトマンに心から愛されているらしい羨望の楽園の現出。諦念や苦渋さえも暖かい。 | 投票(3) |
| B | ★5 | FORMA(2013/日) | 画面隅々まで張り詰める情動の予兆。長焦点レンズで切り取られた枠が日常を異化させるダイナミズムを生理的に知悉してるが、根底に横たわるのは同族嫌悪とも言える悪意。その確執は物語内の2人の女に留まらず作者自身が加担する3つ巴の様相にまで延伸する。 | 投票(1) |
| B | ★5 | ホーボー・ウィズ・ショットガン(2011/カナダ) | 限度を超えた人体破壊の延々たる羅列なのだが、タメが無い分乾いた突き抜け感がある。物語に善悪の規範さえ言うのも今更だが、その単線さに飽きがくるころ「地獄の死者」が黄泉の国と寓話世界を直結させる。一気に映画的深度が増した。モリーもイケてる。 | 投票 |
| B | ★5 | 女っ気なし(2011/仏) | そんな上手いこと行く訳ねえよがあるのがバカンスだということを来りて去りゆく母娘の寓意性に仮託し納得させる終盤の神話性。覚束ない手つきの硬直が解れる訳でもなく一度限りの悲哀を漂わす。折に触れ海辺でトンボみたいのを引きずる風情が良いアクセント。 | 投票 |
| B | ★5 | パラダイス:神(2012/オーストリア=独=仏) | ザイドゥルの哄笑混じりのサディズムがキリスト経由で主人公の遮眼帯を装着したマゾヒズムと黄金率とも言えるバランスで均衡している。仕事へ布教へと赴く駅の定点ショットの埋没の連鎖が嵐の不穏へと一変する鮮やかさ。定型をぶち破る凄まじい絵力だ。 | 投票 |
| B | ★5 | 恋の渦(2013/日) | 限定空間でのエクストリーム下衆同士の駆け引きと騙し合いの応酬が飽くことなくリニューアル版『しとやかな獣』めき、入念な下準備とデジタルを利したマルチカメラの使用で短期日で一気に仕上げた凝縮は新世紀の『日本の夜と霧』。内実と手法の理想的合致。 | 投票(1) |
| B | ★5 | 捨てがたき人々(2012/日) | 声高に叫ぶ無常や明け透けな性欲など笑っちまう位にジョージ秋山で、大らかで愚直な演出が絶妙な噛み合わせ。釈然とせぬことだらけの人生に解などなく流転の果てに終着も無いが悩んだって仕方ない。そういう割り切りを脇から体現する美保純も又絶品。 | 投票 |
| B | ★5 | アナザー・ハッピー・デイ ふぞろいな家族たち(2011/米) | 心を病むことは特別なことでもない。地続きの日常の中で他者と混じわい軋轢があってこそ少しづつでも前に行ける。宴と前後する数日の人の出入り捌きの錯綜のダイナミズムはアルトマン級で、痛さを直視する怜悧はカサヴェテスを彷彿とさせる。鳶に鷹。 | 投票(2) |
| B | ★5 | 3人のアンヌ(2012/韓国) | 歩行運動の反復を繋ぎとして多用する点もあるが、俯瞰的物言いに全く嫌味がない点に於いてロメール的だと言っておこう。異郷で人は仮面を脱ぐ。当て書きされたかのような自我演技の狭間から生身の可愛い女が顔を出す。こんなユペール見たことない。 | 投票(1) |
| B | ★5 | ピース オブ ケイク(2015/日) | 酔ってユルユルになる男願望が多少入ってるにせよこの多部ちゃんは全存在で等身大の女を具現化して圧倒的だ。足掻いてもがいて駆け抜ける様は「ガールズ・オン・ザ・ラン」であり峯田が世界をきっちりサポート。浴場シーンは溝口的でさえある。 | 投票(1) |
| B | ★5 | ローリング(2015/日) | 内向きに閉塞した地方都市で若者たちは腐っていく。その捩れた狂気を盗撮や転生や電気ドリルやソーラーパネルetc…といったギミック弄して描くあたり正しく「シンセミア」的であるし3人称語りも寓話的だ。停滞を許容する諦念の潔さ。役者が皆すばらしい。 | 投票(1) |