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[コメント] 96時間(2008/仏)

二十一世紀の『ドラブル』。アクション演出にドン・シーゲル級の(=史上最高水準の)明晰さを求めさえしなければ、これを傑作と呼ぶにも吝かではない。まずは一〇〇分にも満たぬ上映時間の短さがこの映画のすばらしさを示している。それなりの規模で撮られた/公開される現代映画としては稀有の簡潔さ・速さ。
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リーアム・ニーソンの造型の徹底ぶりが実に面白い。ニーソンはこの「無茶苦茶に強い」キャラクタを説得力に溢れる形で演じているが、キャラオケ・マシーン一台の購入にも細心の検討を怠らず、一枚の写真や一本の電話にもうじうじとこだわり、鳩のように首を前に突き出して拳銃を構えるこの撫で肩男が「無茶苦茶に強い」ことに対する違和感が完全に拭い去られることはない。そこがすばらしいのだ。娘マギー・グレイスへの想いの深さゆえにその強さを発揮する、と云ってしまえばありがちな作劇に過ぎないが、この映画はそれを正しく徹底させている。

さて、それでは、徹底とは具体的にはどういうことか。云い換えれば、この映画はニーソンの強さをどのように見せているのか。ニーソンのアクションにはそれを予告するモーションが欠けている。躊躇がない。つまり、速い。だから彼はあらゆる敵を倒すことができる。たとえば、西部劇における決闘が顕著であるが、そこでは端的に拳銃を早く/速く抜いたほうが勝ちなのだ(それぞれの弾丸の飛ぶ速度は有意の差として勘定されません)。先手必勝、予告モーションなしに繰り出されるアクションの速度こそがニーソンの強さである(もちろん、カット割りとカメラワークも大いにそれを助けています。それは悪く云えば「誤魔化している」ということであり、シーゲルのアクション演出の明晰さには及ばないというのはそういうことでもあります)。映画はそれを徹底するあまり、確かに中盤以降その速さ/強さ自体に意外性を覚えることは難しくなるが、ともかくも「友人」ではあるはずのオリヴィエ・ラブルダンの奥さんを撃つといった、目的のためには手段を選ばぬ非情ぶりを見せるなどしてニーソンの造型を維持/強化していく。そして、非常識で、法を踏み外し、現実離れしたところのニーソンのすべての行為が、娘への想いの深さの「具体的」表現となっていく。それを簡潔に提示した画面の連なりがすなわち「物語」である。したがって、アクションの「速さ」、ニーソンの「強さ」、物語の「簡潔さ」、娘への想いの「深さ」はそれぞれ有機的に連関しており、それぞれが互いに強度を高め合いつつ映画はグレイス救出まで一気に駆け抜けていく。

その他に感心した点を挙げれば、グレイス誘拐シーンの電話演出。誘拐を扱った映画の多くは電話を使った「交渉」を大きく、また数回にわたって取り上げて種々の工夫を凝らすだろうが、この映画はそれをせず、この一回の電話シーンにもっぱら力を注いでいる。ここで際立ち、観客に強い印象を与えるのは、ニーソンの冷静さだろう。諜報員(とこのニーソンを呼ぶのは適当でないかもしれませんが、それに準ずる職業)を主人公にすることの映画的な利点とは、その主人公の一般人離れした戦闘力なり知識なりを正当化できるということと(ハンガーで即席の点滴装置を作ってしまうところもよい演出です)、いかなるときも感情を表に出さないキャラクタを成立させられるということだ。もちろん、ここでのニーソンは終始怒りなどの感情に支配されているとも云えるが、少なくとも冷静さを失ってはいない。無感情(に見える)・無表情・冷静であることが却って映画のエモーションを増幅するという命題が示されたよいシーンだ。

ラブルダンや通訳の男など、ワンシーンおよび数シーンのみの出演者も多くが効果的な働きをしている(特に通訳の男はとても興味を惹く面構えで、私はここからニーソンとのバディ・ムーヴィが始まるのかと勘違いしてしまったほどです)。ニーソンからパリ行きの承諾を得たグレイスが喜びのあまりに走り回って「床を滑る」というのも、細かいが見落とせない面白い演出だ。演出家に腕さえあれば、出番の少ないキャラクタにも豊かに肉付けを施すことができる。

(評価:★5)

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