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[コメント] ノーカントリー(2007/米)

いい加減に省略された邦題が理解を妨げそうだが、これは文字通り老兵に故郷は既にない、という悲劇を軸に展開される、昏い感興を覚えるサスペンス劇である。
水那岐

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







自分も最初、『激突!』や『ターミネーター』のようなスリルの後に深い安堵の待っている通俗的追跡劇を予想したが、全く事実は異なっていた。これは人間と人間の間に横たわる、国境ならぬ「人境」の頭上で、お互いの理解を絶した毟りあいが続くという物語であった。そこにおいて一介の保安官達は無力であり、何ら物語の流れを変更させることに寄与できはしない。ラテン系とゲルマン系の些細に見える違いの間においてすら、その理解の断絶は想像を絶している。

「この国の人間が互いへの敬意を忘れたときから、この国の悲劇は続いている」と老保安官はこぼすが、その程度で済めば彼らにとっては良かったのだ。人種格差社会に生きていた老人にとっては。だが事態は彼の憂いをすら遙かに越えている。男たちは些細な理由で殺し合い、それが一段落して、初めてその殺し合いの意味を考える。殺しは、過程に過ぎない。そんな男たちの暮らす故郷に、人の結びつきの素朴さを信じた老兵の居場所はない。

これはほんの十数年前のアメリカのありようを描いた作品だが、明日の我々の話でもある。そう考えて震えながら見るのも正解だろう。逃げ続けた男はあっさりと殺され、追いかける怪物は役目を終えて、自らの故郷に帰っていく。そして地球はまためぐり、変わり映えのしない一日は去来する。その中で、確実に老いさらばえてゆくものたちの居場所はあるのか。

答えは用意されるはずもなく、何処までも茫洋と時間はたゆたう。ただただ虚しく、寂しい作品である。

(評価:★4)

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