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[コメント] A.I.(2001/米)

アトムと天馬博士が経験した葛藤の存在しない、大すれ違いパノラマ。
はしぼそがらす

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 かの手塚治虫氏の名作「鉄腕アトム」のアトム誕生にまつわるエピソードは、一見この映画に非常によく似ている。事故死した息子そっくりのロボットをつくる天馬博士。愛するものの死を受け入れることを拒否したその姿は狂気じみてさえいる。博士が欲しいのは、断じて「息子として愛することが出来る代用品・あるいは自分を愛してくれる新しい存在」ではない。息子そのものだ。喪失の苦しみを拒否するには、その死をなかったことにしなければならない。  だからこそ、博士は全身全霊を傾けて作ったアトムを「成長しない」という理由でたたき出す。「ロボットは所詮ロボットでしかなかった」ということを博士は思い知らされる。彼はここで、はじめて息子の死を受け入れざるを得なくなるのだ。アトムを罵り、殴り、ロボットサーカスに売り飛ばす博士の尋常ではない怒りは、アトムに向けられたものではない。

 一方、この映画のモニカとデイビットの間に、「ロボットであるが故の、親子の愛の違和感」はない。モニカは、自分を母として愛してくれる存在が欲しかっただけ。たとえデイビットが生身の子であっても、実子が戻ってきたら途端に同じ仕打ちをするに違いない。デイビットにしても、「プログラムされている」という制約があるから「母の愛」を求め続けるのであって、「愛されて」さえいれば、それが別にモニカである必要はない。デイビットが、捨てられた時点で機能拡張を起こしてテディとの愛に目覚めていたら、上映時間1時間くらいで相思相愛のハッピー・エンドを迎えているだろう。

 よーするに、これは、登場人物それぞれがなりふりかまわず「愛してくれ!」と絶叫し続ける映画であり、悪いのは全部自分ではなく愛してくれない誰かさんである。おまけにこの映画で語られる愛は必ず見返りがなければならず、親子の愛というよりはストーカーの愛だ。  親が子を愛するという「無償の愛」の行き場を失った天馬博士の苦悩・アトムの嘆き。これに比べるとこの映画を「親子愛の映画」と受け取るのは、かなり危ないことなんじゃないだろうか。特に「愛すること」よりも「愛されること」が優先されるが故の虐待・殺人が多発する今日においては。

(評価:★3)

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