[コメント] ロッキー・ザ・ファイナル(2006/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
夢がある。ずっと叶わないが、まだ捨てられない夢だ。齧りついてでも、やり遂げるつもりだ。……でも、いつまでも若くない。体も心も年を取っていく。強く念じていないと、瞬く間に夢は疲弊し、情熱は冷めていく。現実が怖くなっていく。だって、できっこないだろ?馬鹿げてる。どれだけのことができる?どれだけのことをしてる?まだまだ足りたい。まったく足りない。吠えてるだけだ。
それなりに頑張って生きてる。守るものができた。一生かけて守りきらなきゃならないものだ。誰一人、不幸にしたくない。俺の周りの誰一人。……でも、ときどき怖くなる。俺にできるか?何が出来るんだ?ふとした瞬間、町を歩いてる時とか、ホームで電車を待ってる時とか、妙に不安になる。いつか不意に失ったら……そんな想いがふと頭を掠めて、どうしようもなく無力な気がして、力が抜ける。
いったい何が言いたい?……信じてる格闘家がいる。強くて、気高くて、自分の道を行く。そのために勝ち続けなきゃならない、絶対に。でも、今日、負けた。無名の猛者にオハコを奪われ、仰向けに沈んだ。自慢の足がぐにゃりと折れて、失神させられた。くだらないが、重大なことだ。彼が負けたからじゃなく、俺が信じたい彼の生き方が負けたからだ。悔しくて、苦くて、嫌いだ、眠れやしない。だから、こんなこと書いてる。
でも、人生は続いていく。俺にも彼にも誰にも。そして、ロッキーにも。
過去を振り返りたがらない男がいる。継ぎ接ぎのような人生を送ってきて、死んだ妹のことを思い出すのもつらい。挫折と劣等感の中、それでもしがみついた仕事さえ失い、得たものはン十キロの牛肉だけ。
絶望を忍ぶ女がいる。貧しい町で生まれて、すれっからしのような少女時代を送って、大人に吠え立てる若ささえ失っては、次代のすれっからしに吠えられながらも、せめて息子は父親のようにはしたくないと祈るのみ。
卑屈に育った息子がいる。名声を手にした父の影で、父と比べられ、凡庸な我が身と凡庸でない父を交互に呪って生きている。
愛されないチャンピョンがいる。どんなに勝ってもブーイングを浴びるだけだが、いったい何故そうなのか、自分でも解らない。
最愛の妻に先立たれた男がいる。貧民街のしがないチンピラにして、万年四回戦ボーイだった男は、彼女と出会い、もう一度生まれた。彼女あっての人生だった。だから、しょっちゅう墓の前に行っては話しかける。だけど返事は返ってこない。どんな気分だろうな……。とにかく、そこで男は何かを必死に手繰り寄せるように、体を動かし始め、周りの彼らまで巻き込んでいく。ただ、前に前に出て行くことによって。
人間はそんなには変われない。ポーリーはポーリーのままだし、他の連中もきっとそんなには変わらない。ロッキーは、ただ、ありのままの彼らと向き合うだけ。向き合い、屈託無くぶつかっては、本気にさせるだけだ。そんな一瞬一瞬に震える。「俺は駄目な兄貴だった!」と嘆くポーリー。「辛くなるから、そんなに優しくしないで!」と喚く女。「僕は当たり障り無く生きていきたいんだ!」と怒鳴る息子。そして……
「いかれたじじいだ」
「お前もそうなる」
薔薇色ばかりじゃない。怖れることばかりだ。辛い時も来る。きっと打ちのめされる。なおさら全部抱いて生きていくんだと思った。俺はまだ青二才だが、ラスト、ロッキーの“エイドリアンへの口づけ”がいかに重いかはよく解る。家族、夢、友達、愛する映画、愛する音楽、愛するファイター、愛しいものの全て、胸に抱いて。どれほど強く打てるかじゃない、打ちのめされても耐えられるか、それでも前に進めるか、本当の勝ち負けはそこにあるんだ。
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