「小津安二郎」(システム既定POV)の映画ファンのコメント
| 緑雨のコメント |
| 東京物語(1953/日) | ディジタルリマスター版で再鑑賞。ロードムービーでありながら「移動」を一切描いていないことが強く印象付けられる。そして熱海行の意義。 [review] | [投票(3)] | |
| 早春(1956/日) | デジタル修復版にて再鑑賞。記憶に残っていたよりも暗い印象。表面的には仲よさそうにしながら、嫉妬だったりエゴだったり、人間のちょっと嫌な側面を底意地悪く描いている感じ。 [review] | [投票(1)] | |
| 東京暮色(1957/日) | 最初から最後まで愛想笑い一つ浮かべない有馬稲子、延々と髪にブラシをかけながら、視線を合わせず原節子と殺伐とした会話を交わす姿の厳しさ。 [review] | [投票(4)] | |
| 彼岸花(1958/日) | お喋りで厚かましくも憎めない浪花千栄子と、人懐っこい満点美人の山本富士子。この母娘のキャラが、映画全体にカラッとした明るさをもたらし、もはや化石としか思えない家父長絶対主義者・佐分利信の仏頂面や有馬稲子が醸し出す薄幸オーラを中和する。 [review] | [投票(2)] | |
| 浮草(1959/日) | 小津作品のレギュラー女優には清楚な美人タイプが多いが、本作では京マチ子、若尾文子、野添ひとみら大映女優陣の艶が、少々趣きの異なる彩りを添えている。 [review] | [投票(6)] | |
| お早よう(1959/日) | 放屁で始まり、風にはためくパンツで終わるという、何ともしょうもない話だが、楽しくって多幸感溢れる。それにしても、時代の潮目を感じ取る小津の眼力にはここでも敬服してしまう。 [review] | [投票(3)] | |
| 秋日和(1960/日) | デジタル修復版にて再鑑賞。『晩春』の換骨奪胎と言い切ってしまってよいと思うが、『晩春』のゴツゴツ感と比べると数段洗練されている。どっちも魅力的なのだが。 [review] | [投票(4)] | |
| 突貫小僧(1929/日) | さらったガキにもてあそばれるオトナ。この逆転から生まれる笑いは現代のいろんなコメディにも息づいている普遍。コントの王道。 | [投票] | |
| 小早川家の秋(1961/日) | 小津が東宝に出張って撮った作品。基本的には変わらぬ小津スタイルだが、音楽がいつもの斎藤高順ではなく黛敏郎、撮影も厚田雄春ではなく中井朝一というあたりがテイストの違いを生むのに寄与している。 [review] | [投票(1)] | |
| 大学は出たけれど(1929/日) | 「サンデー毎日」あまりにベタで笑った。しかし何だって大学出たばかりで職もないのにヨメがいるんだ? | [投票] | |
| 大人の見る絵本 生れてはみたけれど(1932/日) | 大人には大人同士の、子供には子供同士のヒエラルキーや人間関係がある。そこに親と子という縦軸を通すと関係性は複層的になる。ましてや親は嘗ては子供だったし、子はいずれ大人になるのである。 [review] | [投票(2)] | |
| 秋刀魚の味(1962/日) | 軍艦マーチにあわせて敬礼しながら体をくねらせてリズムとる風呂上がりの岸田今日子、楽しげなその姿が脳裏から離れない。 [review] | [投票(5)] | |
| 父ありき(1942/日) | 父と子、ふたりで織り成す一代記。 [review] | [投票(1)] | |
| 長屋紳士録(1947/日) | 飯田蝶子って上手いなあ。海岸を必死で追いかけてくる坊やの姿には心動かされました。あまりウェットになりすぎないラストも良い。 | [投票(1)] | |
| 晩春(1949/日) | デジタル修復版にて再鑑賞。改めて、原節子のキャラクタリゼーションの異様さに瞠目する。小津はもはや原演じる紀子を、一貫した人格として描くことを放棄しているのではないか、という気さえしてくる。しかも極めて意図的に。 [review] | [投票(2)] | |
| 麦秋(1951/日) | デジタル修復版にて再鑑賞。原節子のキャラクタが『晩春』とは一転して終始安定している。一見天然のようで、全てを悟っている慈母のようでもあり。複雑さを高度に安定させながら、淡島千景との秋田弁の応酬など意外な芸達者ぶりも見せる。 [review] | [投票(7)] | |
| お茶漬の味(1952/日) | デジタル修復版にて再鑑賞。普段は足を踏み入れない台所で、二人が協力しながらお茶漬けを拵える。ただそれだけのシーンが観る者を惹きつけて止まない。その自然さ、微笑ましさ、そしてちょっとの緊張感とスリル。 [review] | [投票(4)] |