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[コメント] 新幹線大爆破(1975/日)

この映画は、社会の中でどうしようもなくなった男達が、やぶれかぶれで放った一発の弾丸によって引き起こされる、153分間にも及ぶ壮大なサスペンスなのだ。
荒馬大介

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 そもそもこの事件は現実に起これば史上稀にみる大犯罪ではあるが、この手の映画に良くありがちな“知的なエリートが思い付いた完璧な計算による犯行”でもなんでもない。宇津井健他国鉄側の人間達は、爆弾を仕掛けた犯人達を「新幹線のシステムの盲点を(憎い位に)上手く突いた知的な人間」のように捉えている節があるが、実際はどうか。会社を倒産させ妻と子供とも別れた男、学生運動崩れ、集団就職の波に乗せられ失敗した青年。社会的に見れば「落ちこぼれ」みたいなものであり、彼等の考えているような犯人像はどこにも無い。ではなぜこんなことになったのか。先に挙げたこの3人がふとしたきっかけで出会い、そして反抗を思いつく。精密機器製造業だった高倉健にとっては、速度計に連動して2段階のスイッチが入る機械を作るなど問題ではなかっただろう。それだけの技術があるならなぜ会社が倒産したのかと思うが、そこがポイントなのかもしれない。技術がありながらもなぜかそれが報われないという「現実」に、高倉健演ずる沖田が怒りを覚えていた可能性も否定できない。その鬱屈を晴らすべく、沖田はこの機械をこしらえたと考えてもおかしくはないはずだ。

 そして計画は練られたが、身代金の受け渡し方法も一歩間違えば即逮捕されかねないような状況である。荒川下りにしても「もし上に人がいたら」という条件を考えていないし、現場では柔道部連中が偶然通りかかったことによって失敗に終わる。下調べはしたのだろうが、柔道部が走っていたということは案外近くに学校があるとかここが地元では有名な練習ルートになっているとかそういうことが考えられるが、そこまで調べたとは思えない。2度目の首都高速では成功したものの、これとて運良く逃げ切れただけのことに過ぎない。彼らの計画は、断じて完璧なものではない。そうでなければ、デモンストレーションで貨物列車を爆発させた現場から足がつくことがあるだろうか。第一そのきっかけが「現場に落ちていたタバコの包装ビニールから指紋が割り出された」のだ。完璧だったら何一つ痕跡など残すはずはない。上手くいけばメーターの製造元から「沖田精機」という会社が導き出されることもなかったはずだ。計画こそ立ててはいるが、完璧ではない。とにかく新幹線に爆弾を仕掛けて、これを利用して多額の身代金を無事に受け取ろうという、「とにかくこうしよう」という想いだけで動いているような気さえする。

 そう、彼等の計画はどうしようもなくなった人間達がやぶれかぶれで放った一発の弾丸に過ぎない。だがそれが、微妙なバランスを取りながらその均衡を保っていたシステムそのものの中枢に、たまたま命中してしまったのである。「どんなことがあっても無事に“停車出来る”」ことで事故を回避することが売りだったはずのシステムは、「停車出来なかったら?」という疑問を突き付けられたことによってあっさりと崩壊してしまう。しかも時速80キロという速度が微妙であった。100キロでは高速度撮影による解析が出来ない、分岐点の制御速度は70キロ、止められないし、止まれない。しかも別に70キロでも90キロでも良かったはずなのに、80キロ。この偶然が、史上稀に見る大犯罪を産み出してしまったのである。均衡が崩れたことによって生じた大パニックがどういうものかは、映画を観た方なら説明は不要であろう。ただしこの「パニック」は新幹線車内の混乱だけを指しているのではない。乗客の安全を守るためのATC装置が逆にそれを扱っている側の首を絞め、それゆえ最終的には“国家の安全のために”ひかり109号は無理矢理停止させられようとした……というトンでもない状況も含まれる。たった一発の弾丸がここまで大きな傷となって現れるというこの事態を、パニックと呼ばずにはいられない。

 それだけの映画を作るために東映は国鉄に撮影協力を求めるも、「類似犯罪が起きると困る」と断られたというが、それでも事前取材だけは徹底的にしていたそうで、それを元に新幹線に関わるシーンを全てセットと特撮と隠し撮りで作り上げたという東映の根性は素晴らしい。「本物が駄目なら、本物そっくりに作ればいいじゃないか!」という意気込みをまず買おう。実際、本作を人に見せる時に「この新幹線総合指令所あるでしょ?これ全部セットだよ」と言うと大抵の場合「え、ホントに?そりゃ凄い」という反応が返ってくるのだが、正に意気込みの勝利である。東京駅の「新幹線ホーム」と「階段」も良く観ると、セットと隠し撮りとを上手く編集してそれらしく作ってある。どうやら国鉄は駅でのロケも許可しなかったらしいが、それでも作ってしまうこの根性は凄い。もっとも、国鉄側ではある見学者の質問や電話口での問い合わせがあまりにもしつこくて困った、ということもあったそうだが。

 俳優人に目を移すと、高倉健宇津井健千葉真一といった主役陣の熱演に加え、山本圭竜雷太渡辺文雄鈴木瑞穂郷瑛二といった渋い役者達が頑張っている。犯人達の苦悩や息詰まる犯人捜査、パニックに陥る新幹線車内等の描写を交えて、153分もある尺を緩急つけて最後まで観させる力量は大したものだ。多少のあらも吹き飛んでしまうほどのパワーは十分あるだろう。

 以前この映画を紹介した書籍に、「これらが全て本物でないのが残念である」などと書いてあったが、こんな評価は言語道断、笑止である。確かにシーンによっては出来不出来はあったかもしれないが、「特撮」の使い方は断じて間違っていないのである。第一考えて欲しい。新幹線同士がポイントぎりぎりですれ違ったり、平走したりするシーンを本物でやったら危険極まりない。その為に「特撮」というものがあるのだ。こんなこと書く奴は映画なんか観るな!

(評価:★5)

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