ウォード・ボンドの映画ファンのコメント
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| ダコタ荒原(1945/米) | 創意がある。開始二〇分足らずのうちに馬車・列車・蒸気船を登場させてきて、その心意気がまずよい。とりわけ馬車がよく撮れている(スクリーン・プロセスのカット除く)。賭博師という設定らしいジョン・ウェインは無骨なアウトローというより不良紳士といった趣き。ウォルター・ブレナンは相変わらず最高。 [review] | [投票(1)] | |
| タバコ・ロード(1941/米) | 常軌を逸した狂騒コメディ。なのだが、これはフォードの映画なのだから当然ただそれだけのわけはない。コメディの体裁をとっているので一見表立ってはいないが、たとえばここでの「家族の崩壊」は『怒りの葡萄』におけるよりもよほど深刻に捉えられているのではないか。 [review] | [投票(4)] | |
| 荒野の決闘(1946/米) | 冒頭十五分間が予感させる「復讐劇」としての厳しさはない。だが、奇跡的と云うほかない雲と照明。暗闇を切り裂く土砂降りの雨。ヘンリー・フォンダとキャシー・ダウンズが踊り出すまでの時間の流れの濃密さ。馬車の速度感。発砲と殴打の所作の簡潔さ。フォードとジョセフ・マクドナルドが描出する風景は果てしなく豊かだ。 | [投票(2)] | |
| 若き日のリンカン(1939/米) | 一度聴いたら忘れられないジュー・ハープのユーモラスな(それでいてどこか悲しげな)響きは、『リオ・ロボ』のジャック・イーラムに至る映画記憶の旅へと私を連れ出す。 [review] | [投票] | |
| マルタの鷹(1941/米) | ヒューストンはハンフリー・ボガートの「非情」を「饒舌」と「笑顔」で演出する。このボガートは不気味なほどよく笑う。他の登場人物は全員間抜け気味(一番の切れ者は不在のロシア人ケミドフだ)。女優には華が足りず、全篇にわたる室内劇の処理も甘い。しかし新人監督でもこれだけやれてしまうスタジオ力の安定感たるや。 | [投票(3)] | |
| ミスタア・ロバーツ(1955/米) | ヘンリー・フォンダはなんとなく胡散臭い気がするのだが、海の映った画面が途轍もなくすばらしい。会話劇を映画として正当化しているのはこの海、そして上陸した島での開放感だ(もちろんここにも海は映っている)。それゆえ、いくらジャック・レモンが頑張ったところで、室内のシーンは私にはいささか退屈。 | [投票] | |
| 赤ちゃん教育(1938/米) | このキャサリン・ヘプバーンは完全に頭がおかしいのだが、笑いすぎてこっちの頭もおかしくなりそうだ。世界一笑える映画。とんでもない前衛映画。ケイリー・グラントとヘプバーンの能力の高さをまざまざと見せつける映画。ホークスが史上最も聡明な監督であることを証明する映画。 | [投票(5)] | |
| 暗黒街の弾痕(1937/米) | 超傑作。ラングはリアリズムとは遠く離れたところでリアルを生み出す。放射状に伸びる鉄格子の影。ヘンリー・フォンダと神父ウィリアム・ガーガンの悲劇的な心の行き違いを覆う霧。荘厳な光の差し込む神話的風景の森。これらこそがこの映画の情動にとってのリアルなのだ。 [review] | [投票(4)] | |
| スワンプ・ウォーター(1941/米) | ルノワールの水面と茂みの官能性は夢のそれに似ている。夢のように美しく、夢のように危険だ。そしてウォルター・ブレナンの圧倒的なすばらしさ。信じがたいほどの画面の充実。ファーストショットの水面の波紋を見ただけで傑作であることを確信できる。 [review] | [投票(1)] | |
| モホークの太鼓(1939/米) | クローデット・コルベールよりエドナ・メイ・オリヴァーのほうがよほど魅力的だ。何しろ家を焼き払いに来たインディアンをどやしたててベッドを運び出させてしまうのだから。赤ん坊に対する愛おしさと慈しみに溢れた視線はのちの『三人の名付親』を思い起こさせる。 [review] | [投票(3)] | |
| 静かなる男(1952/米) | ああ、なぜこうも愛すべき人物ばかりを創造できるのだろう。ジョン・ウェインとモーリン・オハラが二人乗り自転車で坂道を駆け下りる! 文字通りオハラを引きずって決闘に向かうウェインに住民たちがぞろぞろついてくる! 映画はここまで幸福なものになれるのだ。 | [投票(1)] |