[コメント] マルホランド・ドライブ(2001/米=仏)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
「ナンなんだ、このコメントは?!」と思われただろうか。
しかし、この一見無意味に思えるアルファベットの羅列こそ、『マルホランド・ドライブ』を観た僕が、この映画の構造について思いついた、"意味"のある《ことば》なのだ。その意味は後ほど。
まず、この映画の前半を観て思い出したのは、ハリウッドの内幕を暴露しつつブラックな笑いに昇華したロバート・アルトマン監督の『ザ・プレイヤー』だった。(*ファンタジー・テイストジョエル・コーエン監督の『バートン・フィンク』、サスペンス・テイストはビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』も、ちょっぴり。)あくまでもリンチ・テイストながら、痛烈なハリウッド批判なのかしらん、と思ったりしたものだ。勿論、そういう要素も少なからずあるのだろうが、本筋はまったく違った。ハリウッドは「魔物の巣窟」であるというエッセンスの"お膳立て"に過ぎない。
観終わった直後は、「クラブ・シレンシオ」から帰宅後の「青い箱」以降の、「虚構の現実」のフラッシュバック連鎖が、OK氏がコメントで書いておられるとおり、"映画として"、結末への「ハードランディング」、《無意味》な世界を《有意味》な世界へと、捻じ伏せる力技に思えて、そのスピーディーな展開とは逆に、"退屈"に感じられた。その理由は後ほど。
(*以下、しばらくは、ちょっとややこしいことを書きます。)
この映画に登場する様々な象徴的な記号、「交通事故」「電話」「ウィンキーズ」「青い鍵」「映画監督」「二つのオーディション」「カウボーイ」「クラブ・シレンシオ」「灰皿」「青い箱」…。
これら、意味がありそうで、意味がなさそうな、《記号》(いわゆる「シーニュ」かな)。この《記号》が視覚化された途端に、いわゆる《正常》な人間の"あたま"に共起するのが、「意味されるもの・概念」=《シニフィエ》と「意味するもの・イメージ」=《シニフィアン》。この《シニフィエ》と《シニフィアン》が、あたかも"自然"にかつ"客観的"に結合しているかに"思える"のは、ジャック・ラカンの言う「クッションの綴じ目」(ポアン・ド・キャピトン)、両者を結合させる強迫観念的な意識を、《正常》な人間が持っているから。
しかし、「記号に意味がある」という思考に陥るのは、実は《幻想》に過ぎず、さらに言えば、その「無意味な記号の世界」をあるがまま享受せず、「有意味な記号の世界」へと押し込んでしまうのは、《正常》さゆえの《病理》なのである。
この「クッションの綴じ目」が外れた状態(僕から言わせれば《解放》された状態)が、人間として《異常》、いわゆる「精神病の状態」と言われるのだが、それでは「深層意識の流動的風景」の代表である「夢」はどうだろうか。
この『マルホランド・ドライブ』は、まさに「深層意識の流動的風景」である。リンチが、「クッションの綴じ目」を外し、「クッションの《中綿》」を世界に放出した、《幻想》を突き破った《幻想》である。
世界に放出された夥しい記号の洪水。それを、もう一度、拾い集めてクッションに閉じ込めるのも、人間の性(サガ)。「前半を《夢》、後半を《現実》と解釈し出すと、途端につまらなく思える」というようなことを、どなたか書いていらしたと思うが、まさしくそのとおりである。僕が、当初、後半のフラッシュバック連鎖が"退屈"と感じたのも、折角、解き放った「クッションの《中綿》」、不安感と共に浮揚感のある、羽毛の自由奔放なダンスが、急に意図的で操作的なダンスへと収束された気がしたからだ。(*ひとつの大きな「クッション」として存在する「映画」としての「限界」だろうか。しかし、まあ、これほど心地よいクッションもそうあるまい。)
しかし、そうせざる終えないのは、人間にとって《不安》が一番恐ろしい状態であるからだとも言える。《記号》に何らかの《意味》を持たさなければ"いられない"のも、得体の知れない《記号》の存在は、堪らなく《不安》だからだ。
さて、ここで、冒頭のコメントに返ることができる。
恐らく無意味に思える、アルファベットの羅列、"pwdanagrammecwp"。これは、"pwd/anagramme/cwp"、つまり、「パスワード(略語)」「アナグラム(仏語)」「クロスワード・パズル(略語)」の連続だ。
この『マルホランド・ドライブ』は、「クロスワード・パズル」と言っていい。リンチが与えた《問い》に対する《答え》を、升目、上下左右、縦横無尽に書き入れていく。しかも、その《答え》は、文字の配置を換えれば、全く違う意味にもなる「アナグラム」。"live"(生きる)は"evil"(邪悪)に。そして、最後にもう一度、指定された升目に現れたアルファベットを並べてしまう。その《ことば》こそが、あなたにとっての『マルホランド・ドライブ』へのパスワード、「青い鍵」。
あなたにはなんと出ましたか?
"l","y","n","c","h"?
"d","r","e","a","m"?
僕には、
"e","v","o","l"",(コンマ)"と。
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*追記1:個人的に、「殺し屋」と「カウボーイ」のエピソードが、たまらなく好きだ。
*追記2:個人的に、片想いだったある人の夢を、ついこの間見たから(しかも少し内容が似ている)、妙に感情移入してしまった。すっかり諦めたつもりだったのに、実はそうではないことを知って、悲しくなった。
*追記3:ベティーがダイアンに"変わった"後、キッチンでコーヒーを入れるとき、一瞬カミーラ(リタ)が現れ、「帰ってきてくれたのね」とダイアンが言う。これは、きっと「オーディション」のシーンにつながってるんでしょうねえ。「非連続の連続」、お見事。
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〔★4.5〕
[with sensei/梅田ガーデンシネマ/3.16.02]■[review:3.18.02up]
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