コメンテータ
ランキング
HELP

きめこめさんのコメント: 更新順

★4ブラインド・マッサージ(2014/中国=仏)盲人と盲人が同室に同居していても、それをさえ敢えて空間として捉えようともしない画面。密接近写は映画を映画でなくすようにも見えて、むしろ映画が映画であることの無自覚な同一性への信心をこそ穿つ。絶えず開かれていた盲人の若者の瞼の閉じられるとき、その目はむしろ目の前のものに開かれている。(微笑み返し。)[投票(1)]
★3肉弾鬼中隊(1934/米)未来ある青年、妻子ある兵士、隔たりなく倒れていく戦場の非情。狂気と自棄に駆られていく男達。何が悪いって、砂漠の灼熱が悪いって話。なのにそれでも陰惨な印象を覚え難いのは何故なんだか。足りないのは、アラブ兵の「顔」。ラストのサーベルの輝きこそは「映画」でありジョン・フォードの刻印。[投票(3)]
★3ザ・コンサルタント(2016/米)いわゆる「高機能自閉症」なる障害による特性が、ユニークな個性として描かれて、それはプロフェッショナリズムと近似して見える。そこに似て非なるものがあるとせば、情緒的な独善性があるかないかかも知れず。主人公はアメリカ的モラル(家族第一)のもとに黒幕の言い分を一顧だにしないが、そのことの独善性に自覚はない。よくも悪しくも子供の儘大人を生きる主人公。泣けるけど。[投票(1)]
★4この世界の片隅に(2016/日)「戦時下」がやがて強いていく、内心と肉声の背反。しかし背反ではあっても乖離ではなく、むしろすずさんはその背反からこそ、じしんの中にあられもなき実存を見出していく(エロティックでさえあり)。「戦時下」と言う″悪″さえ人を覚醒させる(良くも悪しくも)。喪われたことにただ怒り、喪われたものにただ泣くこと。やっぱりのんさんに主演女優賞。[投票(5)]
★4沈黙 -サイレンス-(2016/米)映画の沈黙が劇場の無音に聴こえてはならない。「沈黙」が″聴こえた″かと言えば、確かに″聴こえた″。「沈黙」とはそれじしんが神の声音だということ。鈴虫と茅蜩の音が交響する地獄めぐり。悪魔的な浅野忠信イッセー尾形。「ただの形だよ、形…」という言葉の逆説的な含蓄を、掌中のその「形」にあられもなく託してこその「映画」。世界の表裏の反転。[投票(4)]
★2少女(2016/日)ゴルゴ13ばりの陰影で陰険な面貌の本田翼がでも素敵。山本美月の長い髪が逆巻く闇夜のショット。劇画調の少女漫画、といったていで、話は一貫するニュアンスも希薄に軽薄に推移するが、何気に細やかな演出には配慮をかんじる(なぜかしら部屋の外に出て少女と話す稲垣吾郎とか)。[投票]
★2レッドタートル ある島の物語(2016/日=仏=ベルギー)海辺の岩場を素足で歩いても掠り傷一つ負わずにすむものだろうか。竹藪の笹さえ人間の軟な素足には刃物になるだろうに。海原のうねりはしっかりうねるが、水の中と水の上と、世界の肌理に変わりがないのもどういうものか。つまりはお定まりの西欧的エデンの園幻想のエコロジスム。この自然には神は宿らず(この映画には細部がない)。[投票]
★3クリーピー 偽りの隣人(2016/日)☆3.5くらい。犬がいきなり画面の手前からにゅっとインすると、妙な違和感。そういう(?)映画。誰が誰でも何が何でも、男が女で女が男でも人が犬で犬が人でも、映画は映画。だがそれを見るわたしらはけっして映画そのものではないので、現実をどうしても気にしてしまう。そんな中で、めくるめく絶叫だけが無理くり映画を現実にする。[投票(2)]
★3シン・ゴジラ(2016/日)ゴジラ映画としては☆5つ、映画としては☆3つ。アニメキャラの如く、画面の中に実存することのない空疎な人物達は、見る者の思い入れ次第で軽重を変じる。ゴジラそのものはと言えば、オリジナルを発展させたCGトレースが正統の系譜を継承し得た(ように思える)。何も思い入れのない(筈の)子どもらがどう見たのかは、知りたい気がする。[投票(3)]
★3生きてるものはいないのか(2011/日)その思い切りの清々しさ。 [review][投票(1)]
★3剣鬼(1965/日)「抜いて、斬って、収めるだけ」の居合抜きを最期まで律儀に貫徹する班平。内実の欠落したキャラクターが、花と韋駄天と居合抜きだけで映画を支えきる。十分人間的なはずなのに、奇妙に動機と過程が抜け落ちたその肖像。[投票]
★3剣(1964/日)「正しい」「微笑」「勝つ」「負ける」などの語句がそのまま画面に刻印されているかの如き映画。わかったんだかわからなかったんだかよくわからないまま無理くり強引に「完」。[投票(1)]
★4ラストエンペラー(1987/英=中国=伊)モブに次ぐモブの映画。歴史ではなく物語。自己完結と予定調和とセンチメンタルなノスタルジア。恐らくはファッショを産んだ国の「作家」故の世界観。欠落ばかりのファミリーロマンス。 [投票(1)]
★3これらのいやな帽子(1909/米)突然降りてくるモノの大きさにグリフィス氏の本気度。不条理なまでの大仕掛け。[投票]
★3私の奴隷になりなさい(2012/日)何も知らずに映画館で観た。「センセイ」の御登場がハイライトだった。真顔で繰り出す冗談みたいな絶妙なキャスティングで正直笑った。こういう映画は演者のキャラクターのチョイスが重要なのかも知れない。存在感では嘘をつけない。壇蜜のフルコンタクトの敢闘。[投票(1)]
★3わたしはロランス(2012/カナダ=仏)グザヴィエ・ドランが本当に興味があるのは、たぶん映画というよりは物語であり人間。それでいけないということは取り敢えずないけども…。 [review][投票(1)]
★3長い灰色の線(1954/米)回想形式はやはり映画には向いてないのじゃないか。画面から「現在進行形」が失われるかに見える。それでも前半のとくに夫婦の馴れ初めのコント的とも言える極端な演出などは見物ではあれど、あるタイミングからそれも目に見えて失速、後半はアクション演出家ジョン・フォードがそんな画面の停滞に懸命にあらがっていたようにも見えた。[投票(2)]
★3学生ロマンス 若き日(1929/日)仲のよさげな学生二人が一旦半ば仲違しかける。いじけた感じの斎藤達雄の表情と身振り手振りの如何にも中途半端ななげやりぶり。ツボは押さえていてもけっしてはじけないギャグ。スキー場の丘や斜面のカット。学生達の踊る場面のなんとも言えない長閑なリズム。[投票(1)]
★4悪魔の陽の下に(1987/仏)映画と宗教はじつは相性がいいのじゃないか。実在定かならぬ本質、仮象の狭間に動揺する実存、偶然が必然に転化する瞬間(まさに瞬間)の「奇跡」性への全託、というあり方に於いてそれは相似する。朝か夕かも判然としない青い光、一瞬だけ目をむく少年、場を切り裂く女の叫び。カットの変わる瞬間が不穏(不安定)な映画はいい。[投票]
★3ニシノユキヒコの恋と冒険(2014/日)ぶっちゃけて言えば「恋」というよりは「色」。出てくる女優陣が皆して色ぽくて目のやり場に困る感。でもその為の映画。竹野内豊の没個性的なしなやかなイケメンぶりが女性の潜在的な願望の形なのだとしたら、それもある意味怖い。正直言えば、女優陣が皆美人ばかり過ぎるのがむしろ玉に傷。でもやはりその為の映画。[投票]