| ★5 | 映画は、監督・脚本・撮影、そして輝かしい出演者により生まれる娯楽作品だと判りきっているのに、それを改めて認識させられた。みんなが当たり前に過ごす、何気ない日常生活の営みを強調している。逆らえない人生の時間と空間は真っ白なのだと感じた。 (かっきー) | [投票] |
| ★4 | パターンの中で記号化された登場人物。[フィルムセンター] [review] (Yasu) | [投票(1)] |
| ★5 | 映像が奏でる無限音階。 (tomcot) | [投票(1)] |
| ★2 | あまりにも観念的すぎ。何の事かさっぱりわからん。しかしもしかして、もっとヨーロッパ美術を勉強しろという事かな? (takud-osaka) | [投票] |
| ★2 | あまりにも有名な作品だが,これは理解できない。そういう風に”理解できる”類の作品ではないのだということは,理解できるが…。 [review] (ワトニイ) | [投票] |
| ★3 | 延々と続く生気のない回廊。荘重なだけで空虚な装飾。でも、耳を澄ませば、こんな物語が聞こえてくるのかもしれない。 [review] (G31) | [投票] |
| ★4 | 監督の弁によると、「『去年マリエンバードで』は私にとって寓意も象徴も何ら含んでいない映画なのです。」だそうですよ。 (tredair) | [投票] |
| ★2 | 何が本当で何が妄想なのかというテーゼは皮相なことにこの映画を観たこと自体が妄想だった気がするという締まらない帰結に拡散する。難解なのは望むとこだが終始ゆっくりトロトロ移動するカメラの動きの、はまったツボが俺のレム波動に同期した結果であろう。 (けにろん) | [投票(1)] |
| ★4 | 素晴らしい映像。映画というより動く絵画のようだった。 (太陽と戦慄) | [投票(1)] |
| ★3 | 言語的描写の対象としての平等性によって、絵画や写真や彫像や舞台や人物の情景が入れ子状かつ可換的なロブ=グリエの小説世界は実写化によって喪失。男女のお話としては実はシンプルであり、作品内の時間は凝結しているので、何だか眠たくなってくる。 [review] (煽尼采) | [投票] |