★4 | 原作の前半だけを切り取って、そこへ原作には無いマザコンの要素を加えて圧縮して、とんでも変態映画に仕上げた、その力量!リアルタイムに劇場で観たかった。登場人物がほぼ3人だけというのも、この濃密な物語をより深いものにしている。 (青山実花) | [投票] |
★3 | まず、千石規子が「うまくいったね」と云いながら登場する屋内の俯瞰ショットにニヤケる。こゝは本作の小さなギアシフトだ。次に、気絶した緑魔子を船越英二と2人で倉庫に運び込む場面。 [review] (ゑぎ) | [投票] |
★4 | これは「人」ではなく、生物としての「ヒト」を描いた作品か。暗闇の中で「昆虫」化する「ヒト」のおぞましさよ。こういった作品が公然と存在する「日本」という国家の「表現の自由」の度合いに今更ながら驚いたりもする。 (sawa:38) | [投票(1)] |
★4 | 船越英二も緑魔子も千石規子も皆キチガイバンザイスバラシイ。変態舞台芸術もスクリーンで見られてうっとり幸せ。なのにあぁ、何かが足りない、満たされない!→
[review] (picolax) | [投票(5)] |
★4 | 凄い狭い世界に独自の絵。この映画のテーマに反する映像インパクト(笑)母親の部分の定義ではもうちょっと踏み込めたような気がするけど・・・・
[review] (t3b) | [投票(1)] |
★4 | every parts of love&her [review] (ボイス母) | [投票(3)] |
★4 | 船越英二のあの変態な演技はキケンだ。 (ボヤッキイ) | [投票(1)] |
★4 | プログラムピクチャー特有の尺の短さゆえか、要所要所での性急さが惜しい。これは「触覚」にしても「痛覚」にしても、より濃密に五感を刺激するよう演出されるべきであった。例えば死体の腐臭などはもっと面白く扱われても良かったはずだ。出来上がった映画が十分楽しめるだけに余計歯痒さが残る。 (赤い戦車) | [投票] |
★3 | 表層的な上辺だけ掬ったような乱歩映画化とは気合いの入れ方が一味違う!が・・・ [review] (マッツァ) | [投票(3)] |
★3 | 快楽をもとめて、人間が受け取り与えられるすべての感覚をむさぼってゆけば、ああ、絶対こうなるよな、って、ちゃんと納得できる緻密な描き方。ダリが美術を担当したら、どうなっただろう、と想像した。 (エピキュリアン) | [投票] |
★5 | 得てして軟派なコスチュームプレイに陥りがちな江戸川乱歩映画化作品の中にあって唯一、普遍的文学性を獲得するに至った増村ならではの傑作。緑魔子が放つ悪魔的魅力はあの変態箱庭に勝るとも劣らない。シュゴイ! [review] (町田) | [投票(3)] |
★3 | 痛いっしょ?我に返ったりしようよ。と思いますが、乱歩だから戻っては来ない。 (夢ギドラ) | [投票] |
★3 | 割と牧歌的な映画だな。と思った。 (マリオ・フーパー) | [投票] |
★5 | 交尾の後、雌カマキリは雄カマキリを食べるというが、まさに船越英二と緑魔子の様。究極のサディズムとマゾヒズムの果ての果て。天才増村保造の業はここまで深いのか・・・。 (巴) | [投票(3)] |
★3 | 触覚のみに悦びを見い出す唯美主義は、所詮視覚芸術としての映画とは相容れない。この時が旬であった緑魔子がラストまで美しかったことは、この作品の「盲目のリアリズム」への明らかな敗北を意味していた。 [review] (水那岐) | [投票(3)] |
★3 | なんだか妙に説得力を感じてしまった。 [review] (緑雨) | [投票(3)] |
★2 | あんたら、不要なのは目でしょ、目! [review] (G31) | [投票(4)] |
★4 | 見終わった後、自分が昆虫になったような感覚に襲われた。 (リーダー) | [投票] |
★4 | この映画は、触覚でしか得られぬエクスタシーを、視覚でしか共有できない観客へ伝播させるという矛盾をはらんでいる。 ポイントは緑魔子の身体の曲線にそって男が這わせる指の動きと、それに抗う女の肉体のせめぎ合いの淫靡さの表出であり、充分に成功している。 (ぽんしゅう) | [投票(3)] |
★3 | 世に江戸川乱歩を映画化した作品は多々あれど、成功したといえるのはこの作品くらいじゃないか。緑魔子と船越英二の演技もさることながら、この映画が成功した理由は増村のフェティシズムが濃厚なあのセットにある。 (若尾好き) | [投票(3)] |