コメンテータ
ランキング
HELP

さんのコメント: 更新順

★4ラストエンペラー(1987/英=中国=伊)モブに次ぐモブの映画。歴史ではなく物語。自己完結と予定調和とセンチメンタルなノスタルジア。恐らくはファッショを産んだ国の「作家」故の世界観。欠落ばかりのファミリーロマンス。 [投票(2)]
★3これらのいやな帽子(1909/米)突然降りてくるモノの大きさにグリフィス氏の本気度。不条理なまでの大仕掛け。[投票]
★3私の奴隷になりなさい(2012/日)何も知らずに映画館で観た。「センセイ」の御登場がハイライトだった。真顔で繰り出す冗談みたいな絶妙なキャスティングで正直笑った。こういう映画は演者のキャラクターのチョイスが重要なのかも知れない。存在感では嘘をつけない。壇蜜のフルコンタクトの敢闘。[投票(2)]
★3わたしはロランス(2012/カナダ=仏)グザヴィエ・ドランが本当に興味があるのは、たぶん映画というよりは物語であり人間。それでいけないということは取り敢えずないけども…。 [review][投票(1)]
★3長い灰色の線(1954/米)回想形式はやはり映画には向いてないのじゃないか。画面から「現在進行形」が失われるかに見える。それでも前半のとくに夫婦の馴れ初めのコント的とも言える極端な演出などは見物ではあれど、あるタイミングからそれも目に見えて失速、後半はアクション演出家ジョン・フォードがそんな画面の停滞に懸命にあらがっていたようにも見えた。[投票(2)]
★3学生ロマンス 若き日(1929/日)仲のよさげな学生二人が一旦半ば仲違しかける。いじけた感じの斎藤達雄の表情と身振り手振りの如何にも中途半端ななげやりぶり。ツボは押さえていてもけっしてはじけないギャグ。スキー場の丘や斜面のカット。学生達の踊る場面のなんとも言えない長閑なリズム。[投票(1)]
★4悪魔の陽の下に(1987/仏)映画と宗教はじつは相性がいいのじゃないか。実在定かならぬ本質、仮象の狭間に動揺する実存、偶然が必然に転化する瞬間(まさに瞬間)の「奇跡」性への全託、というあり方に於いてそれは相似する。朝か夕かも判然としない青い光、一瞬だけ目をむく少年、場を切り裂く女の叫び。カットの変わる瞬間が不穏(不安定)な映画はいい。[投票(1)]
★3ニシノユキヒコの恋と冒険(2014/日)ぶっちゃけて言えば「恋」というよりは「色」。出てくる女優陣が皆して色ぽくて目のやり場に困る感。でもその為の映画。竹野内豊の没個性的なしなやかなイケメンぶりが女性の潜在的な願望の形なのだとしたら、それもある意味怖い。正直言えば、女優陣が皆美人ばかり過ぎるのがむしろ玉に傷。でもやはりその為の映画。[投票]
★3未知との遭遇(1977/米)リチャード・ドレイファスのキャラやその家庭のヒステリックな描写には共感抱き難く居心地悪い。本来秀逸なアイデアとも思われる「山」の啓示はまさに山という形の凡庸がどうしようもない。だがそれでも(それだから?)未知の存在の不気味さは未だに残響している。光が怖い、と描写するのは、未だにこの映画と『ポルターガイスト』くらいしかないのではないか。[投票(5)]
★41900年(1976/独=仏=伊)アブノーマルにせよノーマルにせよ性的な、あるいは豚や馬などをめぐる生(命)的な、猥雑かつ旺盛なイメージが画面を下支えする。二度同じ様に繰り返される解放の日の場面が、一度目と二度目とで全く違って見える。藁を吹き飛ばし服をはためかせる風が感動的。ただファシストのえがかれ方は幾分矮小化されていたかも。[投票(2)]
★4仕組まれた罠(1954/米)文学原作もうなずける片鱗は随所に見られる。各人各様の運命のなりゆきが性格悲劇的。中年男の愛の捻じれた末の妄執も、悪女ぶらざるを得ない女の悲哀も、あるいは思いの届かない少女の純情も。冷めたスープ、愛と妄執を分かつメモ、あるいはフライング気味に溢れる涙。列車というのは画面を縦横に活かせるからこその装置でもあるのかも。[投票]
★3猿の惑星 創世記(ジェネシス)(2011/米)たとえたかが猿の反乱であっても、そこに「革命」のイメージを見て取って涙してしまうのは、その中心にいるシーザーの聡明な瞳、その微妙な揺れ動き、静止と運動にこそ魅せられてしまったから。あるいはまた、シーザーの号令のもと一気に四方へと散っていく猿達の俯瞰ショットにも、瞬間的な「革命」のイメージは炸裂している。[投票]
★2僕の彼女はサイボーグ(2008/日)日本人俳優を起用して日本を舞台にした韓流映画。恐ろしく文化的なニュアンスの脱臭された無国籍的画面はある意味不気味。そしてその御話は近親相姦的自己完結妄想を純愛に挿げ替えるグロテスク。ただ、綾瀬はるかはいいけどね。[投票]
★3ラスト・ブラッド(2009/香港=仏=日=アルゼンチン)愛すべき女優が愛すべきキャラクター(漆黒のセーラー服に日本刀に三つ編!)を演じているだけで映画を愛することが出来てしまう。またそれだけで物語がたった一瞬のカットのニュアンスで了解出来てしまう。めっさ惚れるわ、チョン・ジヒョン[投票]
★3シネマニア(2002/米=独)ニューヨークで映画を観まくることに人生を捧げている映画マニア達を追ったドキュメンタリー。映画は人生に似て非なるもの。それでも映画はともかくもそこにある。どうして映画を観るかって? そこに映画があるからさ。映画に人生を吸い取られる悲哀と悦楽。その悲劇的かつ喜劇的難問。 [review][投票]
★2WXIII 機動警察パトレイバー(2002/日)引き摺られた「昭和」、引き摺られた「押井守」。“風景”の方法論だけ受け継いで、マニアックな猥雑さ(過剰さ)は同時上映ミニパトに取り分け。出来は3点でも、見応え2点。…そんな感じ。 [review][投票(1)]
★3フライトプラン(2005/米)旅客飛行機の中は案外ひろい。限定され、かつ区画された空間をきちんと活かしてサスペンスを造る。ネタ振りの前半部も微妙なリードとミスリードを画面にきちんと示す。何気に、密室化された人間集団の動向を左右する「空気」の不穏、その社会学映画でもある。ここまで律儀にもりこんで実質90分。面白かった。〔3.5〕[投票(1)]
★4復讐は俺に任せろ(1953/米)言わば何事も“いきなり”というスタンスで一貫している。もって回った段取りもないままカットがかわり現シーンが始まると前シーンの要件はクリアされている。あるいは観客の不意を突くように何かが起こる(だが不意と言ってもなんとも言えぬ予兆が微妙に画面をかすめているのも、やはり実直に映画らしい映画)。[投票(2)]
★2東京公園(2011/日)一人二役井川遥を即座に瓜二つと断定しない、倒錯的なまでの無感ぶり。その逃避的な歪さゆえに物語はいつまでたっても始まらない。唯一艶めく場面でも、やはり主人公の顔は見えないまま。ぜんぜん正面切ってない。わからない。風の揺れ、海の白波、などはなんとなくのこった。[投票(1)]
★4怒りの河(1952/米)山越えを見続けて、つくづく「西部の馬車(?)って丈夫!」と思わされる。また船という巨大な移動装置の映画性(桟橋から離れていく船縁)。ジェームズ・スチュワートの善人なだけでない、秘めたる力を飽くまで間接的に示す演出の妙。空間や時間の制限を有機的に活かしたシナリオが何より綿密。[投票]