[コメント] ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔(2002/米=ニュージーランド)
映画を見終った人むけのレビューです。
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前人未到の域に達した映画であることは間違いない。長年にわたって特撮映画を観てきた者として、映画というジャンルはついにここまできたかと感動の涙を禁じえなかった。角笛城の合戦とアイゼンガルド陥落のスペクタクルは、間違いなくメリエス以来続く特撮というジャンルの現時点での最高到達点である。ピーター・ジャクソンは、CGを多用しつつもCGの弱点をよく知っている。この特撮をハリウッドではなく、南半球のチンケな工房であるウェタ社が成し遂げたというのは特筆すべき事実である。『二つの塔』は、その技術だけを語っても一晩では足りぬ。
あまりにも巨大な文学である「指輪物語」を真っ正面から映画化するということは、誕生して100年を越えた映画というジャンルに今、何が出来るのか? ということを証明する行為だと思っている。ここでハンパな映画を作っているようでは、この100年は何だったんだよという話です。フィルムを縦に切れ! という話ですよ。近年これほどの困難に挑んだ映画は存在せず、これほどの勇気を示した監督もまた存在しなかった。オレはそれだけでもこの蛮勇を愛するし、たとえ失敗してもその勇気だけは讃えたいと思っていた。世界中の原作ファンの不安を吹き飛ばし、第一作『旅の仲間』はあらゆる意味で勝利した奇跡的な傑作となった。そして、だからオレは『二つの塔』に5点をつけられないのだ。
オレが『二つの塔』に感じたチンケな不満はどれも原作ファンとしてのものであり、前述した通りに「前人未到の映画」であることに間違いはない。それには確信がある。だが、原作ファンゆえに気になった原作との相違点は多かった。例えばエオメルの出番が少なすぎ、原作では描かれたアラゴルンとの友情が省かれている。ローハンの王セオデンが原作より随分ボンクラに描かれている。白のガンダルフは、いざ見てみると灰色の方がカッコよかった。ローハン軍のアイゼンガルドへの進軍、2人のホビットとの再会、サルマンとの戦後の会談がない。そしてリブ・タイラーがアルウェンを演じるのはもう見たくない。
これらは些細な不満であり、数々の改変のほとんどが映画を高めるものであることも納得できる。だが、『旅の仲間』はそういった原作ファンの些細な不満をも完封していたのだ。そしてそういう原作ファンのくだらない希望を満たすことは、それはそれでなかなか重要なことだとオレは思うのだ。
蛇の舌という登場人物がいる。アイゼンガルドに集結したウルク=ハイの大軍勢を見て彼が流す涙に、オレは感動した。彼には何かに感動して、涙を流す心があるのである。そういう資質を持った男として蛇の舌を描くことは、困難な挑戦だったに違いない。凡百の映画ならば彼は悪役の1人にすぎず、大軍勢を前にして手を叩いて喜んでいたことだろう。だがこの映画が(そして「指輪物語」という物語が)描くのは、善悪に分かれた人間たちの戦いではない。全ての人間が心の中に善と悪を飼っており、ひとつの指輪が人間を惑わし狂わせてゆく世界なのだ。かつて指輪の誘惑に屈したボロミアは悪人ではなかったし、翼に乗った幽鬼に指輪を差し出しサムに剣を向けるフロドは、正気を失っている。指輪をゴンドールに持ち帰ろうとしたファラミアは翻意してフロドの前に跪き、使命達成の旅へと送り出す(前作でのアラゴルンとの別れのシーンそっくり!)。一方、悪意の塊のように見える蛇の舌とて人間である。たとえば彼が真剣にエオウィンを愛していなかったと、誰に言いきれるだろうか? 彼がエオウィンに向けるまなざしにウソがあると、誰に言えるのか? 盾持つ乙女、エオウィンを最も理解していたのは他ならぬ蛇の舌ではなかったのか? これは善玉と悪玉が戦う、わかり易い映画ではない。お子様ランチが食べたければ、デパートの屋上に行けばいい。
ゴクリは最も指輪の影響を受け、指輪のために最も苦しんでいる人物である。彼の人格の分裂と葛藤は、多かれ少なかれ全ての登場人物の中で起きている出来事だ。フロドは彼に自分の未来の姿を見出し、彼を救うことで自分も救われたいと願う。あのみじめったらしいゴクリこそが『指輪物語』のキモであり、これほど重要なキャラクターをフルCGで描いてみせたピーター・ジャクソンのクソ度胸には仰天したのだがまあそれは置いといて、『二つの塔』の精神性はそのゴクリと行動を共にするフロドとサムの2人にこそある。ゴクリを見れば、指輪の恐ろしさはわかる。恐るべき指輪の魔力に対して、無力なオレたちはどうすればいいのか? サムの感動的な長台詞は勿論、モルドールへの道を歩きながら2人が叩く軽口ひとつにも、その答えはある。希望を失うな。歩みを止めるな。愛するものを守れ。命を張って守るに足る素晴らしいものが、この世にはある。言葉にすればこんなにもありふれた当たり前のことを、オレたちは3年間にわたり3本あわせて9時間(推定)ほどの映画を観て感じるのである。オレは今、そのかけがえのない9時間に立ち会える幸せを噛みしめている。
(映画に登場するゴラムは、評論社刊「指輪物語」原作の訳に従いゴクリと表記しました)
(念のために書いておきますが、オレはお子様ランチも好きです)
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