[コメント] ファイト・クラブ(1999/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
幸せな人が観ても理解不能、不幸な人が観ても決して幸せにはなれない、有害映画。
この映画は傑作だ。それも世間一般で言う所の｢名作｣とは一線を画す。大抵の｢名作｣とされているものは、名作風のたたずまいであることが必要条件である。この映画は何百年経っても名作にはなれない。最初からそんなものは放棄しているから。
この映画を｢薄っぺら｣｢下らない｣｢不謹慎｣などと片付けることは簡単だし、ほとんどの人にとっては程度の差こそあれ、そんなとこだろう。俺に言わせれば重厚で真面目で道徳的なものに今まで心を揺さぶられたことはない。いや、たまにあるけどあまりない。少なくとも俺は『ゴッド・ファーザーPART��』のような｢名作｣ばかり年中鑑賞して有り難がる人ではない。（＊別にそれが悪いのではないし、この作品は凄い作品だ）
この映画のテーマは現代人にとって解決不可能なもので、いくら真面目に提起した所で答えなど初めからない。物が増えれば増えただけ縛られる。平和になれば退屈になる。誰かが殴ってくれなきゃ殴り返すことも出来ない。タイラー曰く｢前の時代よりまだ幸せだと思わなければ幸せを感じられないこと自体、不幸だ｣。 それはメッセージとか問題提起とかいうレベルではなく｢事実｣だ。それも特定の人間の特定の場合におけるものではない。人間の｢本質｣というべきものだ。
世の中には知っても為にならない事実というものがたくさんある。俺は小学生の時、突然ベジタリアンになろうとした。人を殺すのはいけない。動物も人間も同じ生き物だ。じゃあ豚肉食って学校行ってる俺は一体何なんだ？ 誰でも大なり小なり考えたことはあるだろう。でも大抵の人は自ら肉を絶つことはしない。それはなぜか？ そんなこと考えても意味がないからだ。そんなこと誰も考えたくもないのだ。だから考えないことにする。それでも豚を食うときに｢生き物を殺している｣感触があれば、やめられるだろう。俺にはそれがなかった。豚を食っても何の罪悪感も沸かなかった。理屈では悪いことだと思っても、｢申し訳ない｣気持ちが湧かなかった。罪悪感を抑える必要がなかった。俺は｢食いたい｣のだ。だから食うことにした。例え理屈で自己規制して肉をやめても、心で悪いと感じられないのなら、それまで動物を殺しつづけたことに何の感情も生まれていないなら、形式だけやめてもしょうがないと思ったから、俺はいつも通り給食を食った。誰も悪く言わないから。
あんまり適切な例えではなかったが、それを暴力に置き換えたらどうだろう？肉食については俺にそもそも罪悪感が存在しないことで自然解決の形になったが、俺には暴力をふるいたい願望がある。サバイバルのような生活で必死で生き抜く充実感を味わいたい願望がある。いくらきれいごと言われても｢結局世の中どうにもならないんじゃないの？｣っていう不満が常にくすぶっている。俺が小学校で突然動物殺しについての矛盾、事実を感じたように、もし今まで暴力に快感を覚える自分と上手く付き合ってきたのに、突然その欲望をえぐり出されたら？ ｢男は腕力じゃない｣と自分に言い聞かせながらも実はかなりのコンプレックスを持っていることを指摘されたら？ いくら頑張ってもどうにもならないのに｢努力すれば可能性が無限｣のコピーを無理やり信じ込まされて来た馬鹿馬鹿しさを突然あざ笑われたら？ 果たしてそこでその事実を逆に笑い飛ばす程の余裕があるだろうか？ 答えは簡単、俺は完全に打ちのめされた。
この映画はそのテーマが道徳的に正しいかどうかを言ってるのではない。道徳的に正しくないことに、今まで抑えられてきた（去勢された）｢人間の欲望の本質｣を見出してしまった人たちの必然的な末路、問題未解決を言っているのだ。決して道徳的に正しいと言ってるのではないし、道徳的に正しくないことをするべきだと言っているのでもない。｢こうするべき｣｢これはしてはいけない｣というメッセージはこの映画にはないのだ。この映画で言っていること、道徳に反した人間の欲望の本質と、それを我慢していることに気付かない人たちの実態。もう一つは本質へ向かって突き進んだ人たちが社会の中で結局どうなるのか、どうあがいても解決できないという当然の事実。その二つを同時に言ってる。社会に丸め込まれて隠された欲望も事実だし、それに忠実に生きた所でどうにもならないのも、また事実だ。抑えられた本質を暴いといてその虚しさも同時に突きつける。どうしようもないんだよ。知ってもどうしようもない事を暴き出して、何の答えも用意しないところがこの映画の怖い所で、魅力的な所だ。答えなんかあるわけないんだから。この映画は｢伝えた｣のではない、｢暴いた｣のだ。
この映画の｢軽さ｣｢コメディ風｣は必然的なものだ。もう笑い飛ばすしかないのだ。テーマが深刻すぎて真面目な顔して丁寧に語るなんてことが許されないのだ。そんなことされたって余計なお世話としか思わなかったろう。どうしようもないって分かりきったことを一々真剣に語られても｢どうしようもないじゃん｣って思って身構えるだけだ。
一々真面目な顔しなくたって、本当に人に響くテーマを確実に見せれば、おのずと伝わるものだ。いや、この軽いノリで当然のことを当然のように言うから、かえってテーマの深刻さが見てる奴の脳みそに響くのだ。この映画、色んな人が｢脳みそに直接刺激を受けた｣みたいなことを言ってるが、多分そういう理由ではなかろうか。こっちが身構えて真剣に意見を聞きに行くんではなく、軽く笑うくらいの気持ちでエンターテインメントとして自然に鑑賞しているからこそ、いつの間にか欲望をえぐり出されるのだ。
製作者はこれをコメディと呼ぶ。主人公を笑い飛ばせと。確かにそういう作品かもしれない。そうできたら幸せだろう。事実、俺が劇場で観ていたら多くの人が笑っていた。だがそれは本当にこの映画の言わんとする内容を感じた上での笑いではない。タイラーの｢run forest run｣のセリフや、ノートンの一人芝居のシーンをただ普通に笑っていただけだ。一回観ただけでその危険性、、普遍性、｢解決不能だということ｣を本当に理解しつつ、尚且つ笑い飛ばせるほどの余裕を持っている人が、一体世の中にどれだけいるだろうか。
俺にはこの映画を笑い飛ばす程の余裕など、全くない。むしろ俺自身が作り手に笑い飛ばされた気さえした。俺の後遺症は深刻で、しかも中途半端だった。俺はこの映画を鑑賞後、筋トレしたくなった。決して｢表面的な強さなどかっこ悪いだけだ｣などという当たり前の思いを強くしたりはしなかった。タバコの吸殻は思いっきり派手に、しかもどうでも良さそうに捨てたくなった。しかし本当に火のついた吸殻を地面に叩きつけて、そのままにするわけにはいかない。かといって捨てた後にそれを気にして足で消してはかっこ悪いから、わざわざ水溜りのある場所を選んで投げ捨てた（笑）。
この監督が考えてるほど、この映画を笑い飛ばせる人は多くないのだ。最初から馬鹿にして笑いながら表面だけ楽しむか、真剣に見て思いっきり嫌悪感を抱くか、それとも俺のように思いっきりはまって刺激された挙句に放り出されて途方にくれるか、そんなとこだろう。
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