| ★4 | 黒澤『用心棒』と全く異なる映画であることを了解する。裁判沙汰まで執着した黒澤が大人げないと思えて仕方がない。例えば囚われの身になる女、『用心棒』で司葉子が演じた女の扱い、重要性が全く異なる。ジャン・マリア・ボロンテの執着度において決定的だ。 (ゑぎ) | [投票(3)] |
| ★2 | どちらを先に見るかで、気分も変わるかも。 [review] (chokobo) | [投票] |
| ★5 | 1965年、イタリアの大スターソフィア・ローレンはハリウッドを訪れ、欧州一人気のあるハリウッドの大スタークリント・イーストウッドに会いたいと言った。アメリカ人のホストは「何者です?」と彼女に聞き返した。 [review] (ナム太郎) | [投票(8)] |
| ★2 | 元ネタ作品の面白さは、武骨な主人公が図々しさと知恵で話を牽引するところ。このイーストウッドのキャラには工夫がなく、知的さもずる賢さも感じない。だから展開の数奇さの洗練度が低くいのだ。だから心理劇の爽快さがなく、活劇としても中途半端で退屈。 (ぽんしゅう) | [投票] |
| ★3 | イーストウッドいわく、「脚本を一目見てこれが『用心棒』の盗作だと分かった」のだそうです。黙ってたとは性格が悪い(笑) [review] (甘崎庵) | [投票(3)] |
| ★3 | 『用心棒』そのまんまなんだけど結構いける。 (RED DANCER) | [投票(1)] |
| ★4 | 初期レオーネの中では一番無駄なく引き締まっていてB級活劇に近いノリ。故に好み。ところで『用心棒』から盗んだのは脚本上のアイデアのみであって、演出それ自体はレオーネオリジナルであり、これが盗作になるなら全ての西部劇はグリフィスの剽窃になってしまうだろう。片方の一味を燃やす業火の禍々しさは『荒野のストレンジャー』に受け継がれている。 (赤い戦車) | [投票] |
| ★4 | 女はべらせて風呂に入りながら「こいつ頭いいじゃねーか、ガハハ」って観る映画なんだろ? (ペペロンチーノ) | [投票(3)] |
| ★3 | 設定を借りているだけで、黒澤『用心棒』は換骨奪胎され、本質を完全に異にする映画になっている。例えば、両勢力は均衡を前提としておらず、双方の勢力を軽妙に行ったり来たりする主人公という洒脱さも志向されていない。 [review] (緑雨) | [投票(1)] |
| ★3 | 思いつきのように随所に挟まれる逆光、クローズアップ、ローアングルの幾つかのショットの堪らん良さが、過剰な音楽への飽きと稚拙なフォークロアめいた空間処理への疑念を相殺する。主演2人の圧倒的カリスマも結果オリジナルへの何よりの敬意となっている。 (けにろん) | [投票] |