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[コメント] キル・ビル Vol.2(2004/米)

ロマンとオカン
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







自白剤を介して語られるブライドの言葉は、メチャクチャ重い。殺し屋ブライドは自分が母になったと知った瞬間、全てを捨てる。達人の域に達した剣術も、血の滲む修行の末に身につけた功夫も、ビルとの愛も。悲しみはあっても迷いはなく、全てを捨ててでも生まれてくる子のためにだけ生きようとする。これはビルはもちろん、タランティーノに代表されるボンクラ男子どもには、絶対にできないことだ。

「子を産む」という行為は男のオレからしてみると、ちょっと想像を絶するような神秘的な出来事だ。それはもうどえらい事件なわけです。この子を守るために私の命はあるんだ、そう思えるような対象を、男は持たない。いや、男もいてこそ子供ができるんだってことは理屈では判っているのだが、男がお腹を痛めるわけじゃなし、肉体的実感を伴わないからこれはどうしてもピンとこないものなのです。そんな神秘を自分の身に持ちえない男は、必然的に生きる目的を求めて「ないものねだり」をせざるを得ない。「ないものねだり」、つまりロマンであります。功夫を突きつめて仙人になってしまったパイ・メイや、影の軍団の服部半蔵に男たちが感じる尊敬とは、果てしない「ないものねだり」の末にロマンを実現させた成功者への憧憬に他ならない。ビルもオレたちと同様、彼らに憧れたボンクラ男だ。女たちはオレたちを見て言うだろう、「男はバカだ」と。あるいはもっと端的に「うわ、キモい」と。ほっとけよ! ブチ殺すぞ!

ロマンとは儚いものである。母となったブライドの決断に、ビルはただ子供じみた暴力をぶつけることしかできぬ。映画のクライマックス、ブライドと対話するビルなんか、もう見ちゃいられない。決断の経緯を真摯に語るブライド(その言葉を引き出すために自白剤を使わざるを得ない時点でビルの激負けだ)。それに対してビル、「君が死んだと思ってたんだよう。そしたらどっかのアホと結婚してるじゃないかあ。オレッチ傷ついたんだよう。だからやりすぎちゃったんだよう」。これでは駄々っ子だ。まるっきり、オカンとバカ息子の図なのだ。母の覚悟の前には、あらゆる男のロマンは塵となって風に消えるしかない。あのシーンでオレは、土に根を張って生きる百姓と風のように通りすぎる侍の哀愁を対比させて描いた『七人の侍』を連想した。男はオカンにだけは、永遠に負け戦を繰り返すしかない。

つまりブライドにとって、男はみな子供みたいなもんなのだ。『キル・ビル』前編後編を通じて本当にブライドを追いつめ、死闘を展開するのは例外なく女だ。ビルもバドも中年太りで、まったくだらしなく描かれている。男はみんなボンクラで、根無し草なのだ。男は、暴力でブライドを圧倒することはできる。強ければそれでいいんだ、力さえあればいいんだ。でもそんなもん、見かけだけなのだ。ブライドの人生において、本質的な脅威にはなりえない。母となったブライドからすれば、そこはもう通り過ぎた場所。それよりも怖れるべきは女だ。女の敵は女なのだ。『キル・ビルVol.1』では、殺した黒人女の子供に「敵を討つならいつでも来なさい。逃げはしない」と言うでしょう。あの子も女の子だったでしょう。あの場面は、絶対に女の子でないとダメだったんですよ。そういうことなんですよ。

この物語をボンクラ男子の総大将、我らがタランティーノが描いた意味は非常に重い。今までの彼は映画を通じて「ボンクラ上等! ロマン最高!」と言い続けてきた。しかし今回の彼は「ボンクラ上等! ロマン最高! それからかあちゃん、愛してるぜ」と言ってのけたのだ。古来より常に男のロマンの前に立ちはだかってきた巨大な壁、オカン。そのオカンにさえビシッと敬礼してみせたタランティーノは、この作品で本当の意味で大人の作家になったのかもしれない。

(評価:★4)

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