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★4ブラック・ダリア(2006/米=独)LAという街の白痴的な底の浅さと、それ故の闇の深さを描いて、歪んだアミューズメントパークを見ているようだ。『マルホランド・ドライブ』や『チャイナタウン』ほどの域には達しなかったが。[投票(3)]
★5マンハッタン(1979/米)白黒の美しいスナップに、「NYの一番良い時は今(1979年)で、あとは下り坂だ」というウディ・アレンのクールな認識が窺える。彼らしい機知溢れるメロドラマだが、その底には深い無常が漂う。[投票]
★5幕末太陽傳(1957/日)冒頭、現在(昭和32年)の品川のシケた景色が映し出され、すべては茶番に終わることが暗示される。そして繰り広げられる馬鹿騒ぎ…。終幕を迎えた「江戸」への惜別の宴― [review][投票(2)]
★4エレファント(2003/米)俯瞰で語ることを徹底的に避ける語り口が浮かび上らせるのは、弱者と強者の間に走る深い亀裂。彼らは分断された全く別の世界に住み、誰も「象」(自分たちの世界の全体像)を知らない。 [review][投票(1)]
★5フェノミナ(1984/伊)光と闇・生と死・善と悪・美と醜…相反する要素を組み合わせて、美しくもグロテスクな映像を作り上げたアルジェントに脱帽。「超常現象」というタイトルには二つの意味があって― [review][投票]
★5ミュンヘン(2005/米)「父であること」と「戦うこと」は切り離せない。しかし一体何と戦うのか?9.11以降、それはもはや明瞭ではない。現実に決然と「否」を突きつけスピルバーグは孤独な戦いを挑む。 [review][投票(1)]
★4革命前夜(1964/伊)憂鬱と甘さが、苦さと爽やかさが、影と光が、そして、現実と現実ならぬものとが、絶妙にブレンドされている。『暗殺の森』や『ラストエンペラー』の核になる部分はすでにここにある。[投票]
★3悪魔の手毬唄(1977/日)部分部分は悪くないのだが、全体としては『犬神家の一族』のような化学変化は起きなかった。その最大の理由はキャアキャアした岸恵子。前作の島田陽子のような翳りがほしかった。[投票]
★4赤ちょうちん(1974/日)彼女はこの世があまり好きではないらしい。生きることの疎ましさは、川底までコンクリで固める70年代の東京でも変わりはしない。日々の泡沫を掬い取る細やかさ。藤田は厭世家なのだ。[投票(1)]
★4嗚呼!!花の応援団(1976/日)男社会の愚劣と栄光を描いてあまりにもバカバカしく、笑うしかない。体育会のクラブに所属していた人なら思い当たることも多いはず。こういう映画は雑に作らないとむしろ面白くない。[投票(1)]
★3オペラ座/血の喝采(1988/伊)かつては漂っていた狂気の影は跡形もなく、ホラーというより自作のパロディ。奇想はただのコケ威しに、耽美はゴテゴテした悪趣味に転落。すっかり毒が抜けてしまったのは幸か不幸か。[投票]
★5祇園の姉妹(1936/日)可憐でドスの利いた山田五十鈴が素晴らしい。煙草を吹かしてフフン!と鼻を鳴らすふてぶてしさ。欲しいものを手に入れようとする時の巧みな媚。日本の女優で最もスケールの大きさを感じさせる。[投票(3)]
★4ゴジラ(1954/日)敗戦国は自らの歴史を書く権利を失う。しかし、代わりに物凄いホラー怪獣映画を作る能力は与えられる。誰もが直視し難い破壊のトラウマはフィクションに昇華される他ないのだから。[投票(2)]
★5流れる(1956/日)致命的な事柄をなんでもないことのようにサラリと描く。この世のしがらみも川の流れを堰くことはできないのだ、と。日本映画で最もハードボイルドな描写をするのは成瀬巳喜男かもしれない。[投票(4)]
★2キラー・エリート(1975/米)壊れた作り手特有の不吉なスカスカ感が画面を亡霊のように漂う。ペキンパーが普通の精神状態ではないのは明らか。男らしさの極北を描いてきた男が内なるデーモンに敗れる。以て瞑すべし。[投票]
★3マタンゴ(1963/日)本多猪四郎は1975年以降映画を撮らなかった。しかし、私は彼に最後にもう一本撮ってほしかった。まさに「マタンゴの島」と化したバブル期の日本を舞台に、『マタンゴ2』を。[投票(1)]
★4妹(1974/日)兄は妹を子供だと思っているが、妹は兄の知らない激しい愛憎のなかにいる。子供じみた仕草に垣間見える自棄と厭世が切ない。貧乏と繁栄が同居する70年代の風俗模様も楽しい。[投票(2)]
★3マンハッタン無宿(1968/米)60年代のポップカルチャー描写はグラマラスで魅力的。が、ラヴ&ピースとカウボーイではやはり食い合わせが悪い。刑事物には70年代の荒んでささくれ立った世相こそが似つかわしい。[投票(1)]
★5人情紙風船(1937/日)人気のない真昼の江戸の町をゆく金魚売りはキリコの絵のようにシュールだ。戻りたくとも戻れないその場所にあった平安。山中の厭世はひそやかに通り過ぎる。紙風船に吹く風のように。[投票(1)]
★5洲崎パラダイス 赤信号(1956/日)背の高いビルのないこの頃、東京の空は広かった。そこへ、どうしようもない二人の焦燥・ヤケクソ・欲望の昂ぶりを余すところなく表した音楽が流れる。放浪と無所有への憧れに満ちて甘美。[投票(1)]