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[コメント] ロード・オブ・ザ・リング(2001/米=ニュージーランド)

自分のために旅する人は腐るほどいるが、誰かのために旅する人はほとんどいない。
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現代においては、そういう「誰かのために旅する人」は、『(ザ・)ロード・オブ・ザ・リング(ズ)』という虚構・寓話世界の住人であるフロドと仲間たち、そして、世界中の戦場に旅立った名もなき兵士たち、ぐらいのものだ。人間と自然とがまだ共存していた神話的な「大いなる物語」時代に生きる人たち、そして、現代(=「失われた物語」の時代)なら、社会的強者にゲームの駒として消費された人たち、ぐらいしかいないのだ。(*1)

《旅》は、「生きる」ことだと言ってもいい。

この映画の原作、J・R・R・トールキンによる同名小説は、その後 [Adventure] という分野において、様々な映画・小説・ゲームに大きな影響を与えたが、そのシュミラークル的末裔たちの《旅》は、そのほとんどが、とどのつまり「自分のため」だった。(*1)

いわゆるロール・プレイング・ゲームの本質も然りである。内容は「誰かのため」かもしれないが、結局は、そのRPGをしているプレイヤーのためなのだから、しかるに、「自分のため」なのだ。

はなから《成長》するつもりで、そのために《旅》するなど、欺瞞に過ぎない。《成長》があって《旅》するのではなく、《旅》があって《成長》するのだ。

この映画の「つまらなさ」は"そこ"にある。

「自分のため」という《旅》の目的に、骨の髄まで馴化した現代人に、いくらガルガンチュア的なおとぎ話の世界の物語を披露したところで、「誰かのため」という《旅》の目的の本質は、実に理解しがたいものに映るのではないだろうか。(僕が観た映画館でも、子どもが扱き下ろしてたっけ。)

「自分のため」だけに《旅》する人間とは、指輪を求めてさすらうサウロンに他ならない。サウロンのような、たとえば、T.S.エリオットが詩でうたう「うつろなる人々」、つまり「生きながら死んでいる人間」に他ならない。(*3)

「指輪」は、僕も《原爆》のメタファーに思えたが、それを超えて、誰の心の奥にも潜む、仏教でいう「煩悩」そのものだと思う。拡大解釈かも知れないが、タイトル「指輪=リング"ring"」が複数形の"rings"であるのも、そういう示唆性があるのではないだろうか。そして「指輪をはめる」という行為とはつまり、自分の「煩悩に従う」行為だと言っていい。

生きながら死に、煩悩にとらわれ、その奴隷となる人間の群れ、群れ、群れ。(勿論、自分を含めた群れだ。)

そして、この「絶望」的状況の中になんとか「希望」を見出したいから、だからこそ、真に「誰かのため」に《旅》する物語、たとえばこの『(ザ・)ロード・オブ・ザ・リング(ズ)』が、現代に読み直され、観直されるべきなのだと、僕は思う。

そういう意味で、この映画が果たした役割は大きい。少なくとも、僕がこの原作を読むきっかけを与えてくれた、それが★3に相当。

また、本作には、『ハリー・ポッターと賢者の石』や『スター・ウォーズ』シリーズのように、容易に消費できる(楽しめる)データベース的要素があまりない。そして、その「要素」を「要素」とせず、「エピソード」を「エピソード」として羅列せず、大河のような流れの中に溶け込ませるのが、《物語》と言っていい。つまり、「オチ」がないのである。そういう意味で、この映画は《失われた物語の再建》に辛うじて成功している。(*1)

ちなみに★1+は、ひとつ間違えば猿芝居に陥ってしまいそうな、ピーター・ジャクソンが想像した荒唐無稽(ニュートラルな意味で)な世界で、見事な演技を見せてくれた俳優たち、特にイアン・マッケランショーン・アスティン に捧げたい。

それにしても、何かを求め、何かを手に入れるために旅をする物語は腐るほどあるが、手に入れたものをわざわざ捨てるために旅をする物語はほとんどない。

[with sensei/2.23.02/ワーナー・マイカル・シネマズ茨木]■[review:3.03.02up/3.04.02.newly update]

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*追記1:「大いなる物語」「シミュラークル」「データベース的要素」「エピソードの羅列」については、クリス・コロンバス監督作品『ハリー・ポッターと賢者の石』の拙review(ただし、ネタバレ赤review)に詳しく書いたので、興味がおありの方はお読みくださると幸いです。

*追記2:NHKの大河ドラマが、それほど高視聴率を得なくなったのも、「大いなる物語」が"つまらない"ものと受け取られるようになったからではないだろうか。

*追記3:T.S.エリオットの「うつろなる人々」については、フランシス・フォード・コッポラ監督作品『地獄の黙示録』の拙review(ただし、ネタバレ赤review)で紹介したサイトに詳しくあります。

*追記4:「自分のための旅」、つまり「自分探し」については、高橋伴明監督作品『光の雨』の拙reviewに関連しています。興味がおありの方はお読みくださると幸いです。

*追記5:「誰かのための旅」―『都会のアリス』『セントラル・ステーション』『グロリア』『EUREKA』『ジュリア』・・・などの映画を思い出す。POV作ろうかな・・・。

*追記6:誤解なきようお断りしておきますが、僕も「ドラクエ」や「FF」はハマりましたし、決して、それが「悪い」と言っているわけではありません。

(評価:★4)

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