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[コメント] それでもボクはやってない(2007/日)

今作を「痴漢」が観たらどう思うんだろう。
Myurakz

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「正調」という言葉のよく似合う、大変に真っ当な映画だと思った。奇を衒わず、力み過ぎず、感情にも訴えず、しっかり地に足が着いている。そしてそれにも関わらず面白い。「淡白な法廷物」としてむしろ斬新ささえ感じる。公開前、周防正行監督がテレビ番組で「司法の場それ自体が不可思議で不条理なんだから、それを面白可笑しく脚色してしまったら、最も伝えたいことが伝わらなくなる」というようなことを言っていた。地に足が着いていて面白く、テーマも伝わっているんだから、これはもう監督としての腕力が違うってことなんだろう。この作品、サラリと撮られているがかなりの豪腕映画だ。

その豪腕ぶりはテーマの選択にも現れていると思う。この映画の本題は「痴漢冤罪」ではない。「司法システムの問題点」だ。にも関わらず、この「痴漢冤罪」というテーマで多くの人が最初から少しつまずく。「痴漢冤罪」が多いということは、それ以上に「痴漢」が多いということだ。そして更にそれ以上に「痴漢被害者」が多いということだ。恐怖で声も出せない被害者を自分や自分の大事な人と置き換えたとき、人は「痴漢冤罪問題」を叫ぶことに一瞬の躊躇を強いられるようになる。これでは本来の主題である「司法の問題」に辿り着く前に、うっかりすると話が違う方向に転がりかねない。端的に言って「危ない橋」だ。

ただ、だからこそ人の耳目を集める。男性にとっても女性にとっても身近なテーマとなり得る。これはこの「危ない橋」を渡り切って問題を提示する自信がなければできない選択だ。少なくとも今作を観た男性の多くは「気を付けなきゃ」と思ったはずだ。この「理不尽な恐怖」こそが、今作の最も伝えたかった「司法の問題点」となるんだ。

正直言えば、この映画が女性客にとっての「危ない橋」を渡り切れたのかどうか、男の僕にはわからない。むしろ「冤罪のふりをする痴漢」の存在の方が気になってしまうのかも知れない。ただ今作はそれを含めて「司法の問題点」に帰結させ得る作りになっているなとは思う。今作の問題は痴漢の有罪無罪ではなく、それを裁くシステムの話なんだ。男性であれ女性であれ、多くの人は観賞後に何とも言えない落ち着かない感じを覚えたんじゃないだろうか。国家を相手取った一本の映画が観客に残す影響としては、それでもう充分だ。

そう考えると、だからこそ「主人公が本当に無実であること」の明示をラストシーンまで引っ張ったんだということに気が付く。観客に主人公の無実を提示するのは判決後、主人公が裁判官に心の中で「あなたは間違いを犯しました」と語りかけるシーンになってからだ。あそこで主人公の心の声を聞くまでの間、観客に与えられる情報は弁護士や家族、友人と同レベルのものでしかない(例えば女性証人が見つかるまでの、彼女の証言の真偽)。主人公が無罪かどうかは、「弁護士たちと同じ情報しか持たない観客」が勝手に判断しながら物語は進む。その中で大半の観客が「この主人公は無罪だ」と判断してしまうからこそ、最後の裁判官の判決が「過ち」であり「不条理」であることが真に伝わってくる。無実とわかっている人間を信じるのは簡単だ。現実はそうじゃないから難しい。本当に真摯にテーマに向き合った映画だと思う。

それにしても、鈴木蘭々が「構わないから本当に触って。スパッツ穿いてきたから大丈夫」とか言うシーンは猛烈にドキっとする。「別れた彼女をスパッツ越しだからという合意の上で真面目に触る」という二重三重の罠。「スパッツ越しだから大丈夫」というのは「食べ物を落としても15秒以内なら大丈夫」という自分ルールと同じだ。スパッツ如きで大丈夫とか思わないでいただきたい。少なくとも僕は全く大丈夫じゃない。あと弁護士が役所広司だと分かった瞬間に「この人なら任せられる!」と思ってしまった自分にちょっとウンザリした。何だこの役所広司への変な信頼感。

(評価:★4)

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